コール・エスコーラによる破天荒にキャンプな新作コメディ
メアリーは退屈していた。独身時代のようにキャバレーの舞台に立ってスポットライトを浴びたいのに夫が許してくれない。こう見えてもキャバレー界隈では知る人ぞ知る伝説の存在だったし、だいたい夫と出会ったのもキャバレーなのに夫はそれもひた隠しにする。酒を飲んで酔っ払うしか気晴らしがないのに隠していた酒まで夫が取り上げる。あー、退屈だ!
コール・エスコーラによる破天荒で奇想天外でとってもキャンプな Oh, Mary! は、第13代アメリカ合衆国大統領エイブラハム・リンカーンがフォード劇場で暗殺されるまでの数週間に焦点を当て、その妻メアリー・トッド・リンカーンがいかに惨めで、息苦しく、退屈な毎日を送っていたかを描いた一幕劇だ。だがすでにお察しの通り、これは決して教科書的な歴史ものではない。
Oh, Mary! のウェブサイトによると、この芝居は「忘れ去られたリンカーン夫人の人生と夢を、おバカ(コール・エスコーラ)のレンズを通してついに検証」したとある。
エスコーラはユーチューバーとして注目を浴びた後、キャバレーアクトの他、HBO Maxの Search Party やNetflixのアニメ『ビッグマウス』(Big Mouth)などのテレビシリーズでも活躍しているコメディアンで役者でパフォーマーだ。そのエスコーラがリンカーン大統領夫妻という歴史的人物をキャラクターにし、史実をつまみ食いしながら自由奔放に創り上げたのが5月12日に爆笑と絶賛の嵐の中でオフブロードウェイでの公演を終えた Oh, Mary! 。ウエストビレッジにある Lucille Lortel Theatre での期間限定公演は延長に延長を重ねてもすぐに全公演ソールドアウトとなった大人気の作品で、この夏、ブロードウェイにトランスファーすることが決まっている。

Photo by Emilio Madrid
メアリー(エスコーラ本人が演じている)はアルコール中毒で、報われない思慕と願望で頭も心もいっぱい。夫(とプログラムには記載されているがもちろんリンカーン大統領のことで、ミュージカル Here Lies Love や TVドラマ『殺人を無罪にする方法』 How to Get Away with Murder のコンラッド・リカモラが演じている)が苦労している南北戦争のことなどとんと無関心だ。夫は社会的な体裁を気にしてメアリーを抑えつけてばかり。メアリーはなんとかして結婚前の華やかな生活(つまりキャバレーの舞台に立ってスポットライトを浴びる生活)に戻ろうとする。だが夫はそんなメアリーにほとほとうんざりしている。妻が自分を煩わせないようにと、演技コーチ(ジェームズ・スカリー)を雇ってレッスンを受けさせる。役者も下品な仕事だが、キャバレーより多少はマシ、というわけだ。
だがメアリーは、退屈で憂鬱な生活から抜け出して自分の夢を実現をするために文字通りドタバタもがき、こめかみの巻き毛をブンブン揺らしながらフープで膨らませたスカートをひっつかんで舞台上を駆け回る(ホリー・ピアソンの時代とコメディの両方をしっかりカバーした衣装が優れている)。その大げさでコミカルな動きと憂鬱でシリアスな表情のギャップ、シニカルでユーモアたっぷりのセリフ、時折客席に向かって送ってくる意味ありげな視線の全てに満場の観客は大喜びだ。
このメアリーを制御しようとあのリンカーン大統領(リカモア)がイライラしながら奮闘する姿も笑いを誘う。ここでのリンカーンはクローゼットのゲイとして描かれ(リンカーンのセクシャリティに関しては諸説あり論争になっている)、ホワイトハウスで働く部下にセクハラまでする。そのセクハラシーンは某元大統領のセックススキャンダルを思い出させる。
リンカーン大統領は193cmの長身で有名だったが、リカモアはそのリンカーンを演じるには随分と小柄で身体的威圧感がない。だが、当然のように癇癪を起こす姿は地位と権力と家父長制に裏打ちされ、そこからにじみ出てくる尊大さが実際よりも役者を大きく見せる。
演出は振付家として活躍し、『ナターシャ・ピエール・アンド・ザ・グレート・コメット・オブ・1812』(Natasha, Pierre & The Great Comet of 1812)の振り付けでトニー賞にノミネートされたサム・ピンクルトン。さすが振付家だけありフィジカルコメディがスムースで、あちこち狙い通りの効果を生んでいる。
その効果を引き立てているのはデザイン・コレクティブ dots による舞台美術だろう。ホワイトハウスの大統領執務室やワシントンDCのサルーンのセットは荘厳且つ贅沢で、プロダクションの質を格段に上げている。

Photo by Emilio Madrid
だがこのダークなパロディコメディの醍醐味は、観客に腹をよじって笑わせながら、この奇抜で規格外のメアリーに徐々に共感を覚えさせるところにある。
歴史的にメアリー・トッド・リンカーンは派手好きの浪費家でヒステリック、精神的にも不安定な女性とされてきた。だがエスコーラが描き、演じるメアリーは、社会的な地位と家父長制に邪魔されて自分が本当に望む生き方ができず、社会が期待する通りの行動を強いられ、それに抵抗しながらなんとか自分の夢を叶えようとドタバタもがく女性だ。その姿はこれまでゲイ社会で愛されてきたどのゲイアイコンとも重なる。私は特にメイズルス兄弟がドキュメンタリー映画『グレイ・ガーデンズ』(Grey Gardens)で見せたビッグ・イーディとリトル・イーディの姿を思い出し、舞台上で繰り広げられるドタバタギャグに大笑いしながら、そのディープさ(いや、キャンプさか?)にやられてしまった。
2012年に映画『リンカーン』(Lincoln)を監督したスティーブン・スピルバーグは、映画でメアリー・トッド・リンカーンを演じたサリー・フィールドと脚本を書いたトニー・クシュナーと共にこの芝居を観劇したらしい。観劇後に舞台裏に立ち寄ったスピルバーグは、エスコーラに「我々は間違った映画を作ってしまった!」とコメントしたそうだ。ひょっとしたらその通りかもしれない。
Oh, Mary!
オフィシャルサイト
上演時間:1時間20分(インターミッション無し)
Lyceum Theatre (Broadway)
149 West 45th Street (Bet. Avenue of the Americas & Broadway)
プレビュー開始:2024年6月26日
オープン:2024年7月11日
クローズ:2025年6月28日 1月19日 2024年9月15日 11月10日
*2025年1月21日〜3月16日までベティ・ギルピンがメアリーを演じる予定
(2024年12月3日 情報更新)
Lucille Lortel Theatre (Off Broadway)
121 Christopher Street
プレビュー開始:2024年1月26日
オープン:2024年2月8日
クローズ:2024年5月12日
Written by Cole Escola
Directed by Sam Pinkleton
Scenic Design by dots
Lighting Design by Cha See
Costume Design by Holly Pierson
Wig Design by Leah Loukas
Sound Design by Daniel Kluger and Drew Levy
Original Music by Daniel Kluger
Musical Arrangements by David Dabbon
Cast: Cole Escola, Conrad Ricamora, James Scully, Bianca Leigh, Tony Macht, Hannah Solow, Peter Smith
Top Photo: Conrad Ricamora (L) and Cole Escola (R) in “Oh Mary!”
Photo by Emilio Madrid

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