カルトドキュメンタリー映画のカルトなミュージカル、Grey Gardens 『グレイ・ガーデンズ』
ブロードウェイではディズニーものを始めとして、『プロデューサーズ』(The Producers)に『ヘアスプレイ』(Hairspray)、『モンティ・パイソンのスパマロット』(Monty Python’s Spamalot)に『ウエディングシンガー』(The Wedding Singer)といった映画の舞台ミュージカル化が大流行している。来春には『キューティブロンド』(Legally Blonde)もオープンするほどだ。
だが、今年の春にオフ・ブロードウェイで大ヒットし、11月にブロードウェイでオープンしたミュージカルGrey Gardens『グレイ・ガーデンズ』は、映画は映画でも、なんとドキュメンタリー映画をもとにしたイロモノだ。
原作となったのは、デイヴィッドとアルバートのメイズルス兄弟(David Maysles & Albert Maysles)が1975年に製作したドキュメンタリー映画Grey Gardens(『グレイ・ガーデンズ』)。(注1)

メイズルス兄弟といえば、日本ではローリング・ストーンズの1969年 USツアーを記録した『ギミー・シェルター』(Gimme Shelter)や、1964年の『ザ・ビートルズ:ザ・ファースト・USヴィジット』(What’s Happening! The Beatles in The USA)などの音楽ドキュメンタリーで有名だ。
だが実は、この『グレイ・ガーデンズ』こそが彼らの最高傑作だと言われている。
しかし、なぜか日本ではこの傑作のことは知られておらず、劇場公開はおろか、ビデオやDVDもリリースされていない。おそらく日本でこれを見たことのある人はさほど多くないのではないか?
このドキュメンタリー映画が描くのは、大邸宅が建ち並ぶイーストハンプトンの高級住宅街にあるゴミだらけの荒れ果てた屋敷に住む母と娘。だがその母娘、実は第35代合衆国大統領ジョン・F・ケネディの妻、ジャクリーン・ブーヴィエ・ケネディ・オナシスの78歳になる叔母と56歳の従姉妹だった。
2人ともイーデス・ブーヴィエ・ビール(Edith Bouvier Beale)という名前のため、母親の方はビッグ・イーディ(Big Edie)、娘はリトル・イーディ(Little Edie)と呼ばれており、ジャクリーンの父親がビッグ・イーディの兄に当たる。フランス系の名門ブーヴィエ家出身だ。
美貌と音楽の才能に恵まれたイーディ母娘は、どちらもショウビジネスの世界に憧れていたものの、名家の子女ゆえに人前で芸を披露する商売につくことを禁じられ、夢破れた過去を持つ。


今や名家出身の残り香が漂うのは2人の上流階級臭いアクセントのみ。噂では28も部屋があるという豪邸グレイ・ガーデンズは、穴だらけ、猫だらけ、ノミだらけ、ゴミだらけ。かつてアメリカ一美しい庭を持つと言われた邸宅は、今や見る影も無く荒廃して凄まじいありさまだ。(注2)
富と美貌と社会的地位の全てを持ってこの世に産まれ、蝶よ花よと育てられてきたはずのこの母娘が、どうして上下水道も整備されていないボロ屋敷でまるで変人のように毎日歌を歌って暮らしているのか?
そこに迫った映画がこのドキュメンタリーだった。
映画は、二人のイーディの強烈な個性や奇抜なファッション、哲学的名文句の数々をたっぷりと捉え、観れば観るほど観れない部分が気になって仕方なくなるという魅力を持っている。
アメリカでは特にファッション・ピーポーとゲイの間でカルト映画になり、セーターをカツラのように頭にかぶって髪の毛の代用品にし、上下逆さまにはいたスカートを安全ピンで留める、名づけて「革命的な衣装」(Revolutionary Costume)をしたリトル・イーディの独創的なファッションは、ヴォーグやハーパースバザーなどの有名ファッション誌が特集を組むこともあった。(注3)
なるほど、これを舞台ミュージカルにしたいと思うほど魅せられた人間がいるのも納得だ。
その魅せられた人間たちが、ミュージカルのクリエイター、スコット・フランケル(作曲)にマイケル・コーリー(作詞)、そしてダグ・ライト(脚本)である。演出はマイケル・グライフ。
このクリエイター陣が、映画がとらえたイーディ達のボヘミアンな生活を普遍的な母娘の確執ドラマとして見せ、時代や社会通念に逆らって自分らしく生きようとしたアウトローな女性の不成功物語を描き出す。そしてさらにそれをクラッシックでドラマティックなミュージカルに仕上げているのだ。

上手いのはその構成。
一幕目と二幕目で描く時代を32年ずらし、一幕目ではグレイ・ガーデンズが繁栄している1941年当時のきらびやかなある1日を見せ、そして二幕目でドキュメンタリー映画が撮影された1973年当時の没落ぶりを見せる。過去のきらめきと映画が捉えた「現在」をくっきりと対比させるのだ。
一幕目で描かれる物語は、史実を混ぜ込みながらつくられたフィクション。(注4)
1941年夏のある日、イースト・ハンプトンにある屋敷グレイ・ガーデンズは、リトル・イーディ(エリン・デイヴィー)とJFKの兄、ジョセフ・パトリック・ケネディ・ジュニア(マット・カヴァナー)の婚約パーティをその夜に控えていた。

だが、めでたいはずのその日も、娘が主役の婚約パーティで自分の音楽リサイタルを計画する母イーディス(クリスティン・エバーソール)のために台無しになりそうだ。
リトル・イーディは、母をしっかりと諌めてくれる頼みの綱の父親がシティから帰ってくるのを待つが、そんなリトル・イーディとは裏腹に、イーディスは、自分の夫がそうであったように、ジョーもまた娘の才能や夢を潰して籠の鳥にしようとするのではないかと恐れ、ある秘密をジョーに告げる。
そして届いた1本の電報。
幸せな婚約パーティの1日は悲しい夜を迎えることになる。

そしてインターミッションが挟まり、二幕目が始まる。
観客の目の前に現れるのはあれからは32年が経過したグレイ・ガーデンズ。ドキュメンタリー映画で見た世界そのままだ。
と、そこに56歳になったリトル・イーディが登場する。演じているのは一幕目で47歳の母イーディスを演じたクリスティン・エバーソール。もちろん、リトル・イーディの「革命的な衣装」を身につけている。

舞台に登場したエバーソールのリトル・イーディは、観客に向かって「オゥ、ハ〜イ! あなたたちがここにいて良かったわ〜!」と直接話しかけてくる。
そして「革命的な衣装」について語り始める。
その様子はあたかも客席の位置にドキュメンタリー映画を撮影しているメイズルス兄弟が居るかのよう。舞台上のリトル・イーディにとって観客はメイズルス兄弟とそのカメラとマイクになり、それと同時に観客はドキュメンタリー映画を見ている状態になる。
この演出がとても効果的で上手い。
気さくなおしゃべりはすぐに「革命的な衣装」に捧げられた曲、その名も’The Revolutionary Costume For Today‘となり、ドキュメンタリー映画と舞台ミュージカルが目の前でなんとも滑らかに重なっていくのだ。

歌詞にはドキュメンタリー映画の中でリトル・イーディが口にする「スカートはケープとしても使える」「イーストハンプトンでは木曜日に赤い靴を履いているだけで指をさされる」「ストーンチ(staunch=超頑固な)ウーマン」などの名文句が散りばめられ、客席は大きな笑いに包まれる。
実は、イーディたちが映画の中で口にするこの名文句の数々はミュージカルを通して歌詞と台詞の随所に散りばめられている。その使い方が実に詩的で美しく、名文句を初めて耳にする観客は、彼女たちの哲学と美学に触れながら2人を知ることになり、映画の台詞を全て覚えているというオタクなファンはいたく関心することになる。
作詞のマイケル・コーリーと、脚本のダグ・ライトの才能が光る。

実物のリトル・イーディの特徴をそっくり捉えたエバーソールは、スコット・フランケルの美しく難しい曲を自由自在に歌って感情を表現し、観客の心をガシッとわしづかみする。
特に、’Around the World‘と’Another Winter in A Summer Town‘の悲しくも美しい歌声は、母娘間の深い愛情や切っても切れない関係の切なさを痛切に観客の心に届け、胸を締め付けるのだ。
その歌声を聞くと、リトル・イーディを変人と片付けたくなる観客の心にすら、思わずほろりとする共感を産むだろう。

二幕目で78歳になったビッグ・イーディを演じるのはベテランのメアリー・ルイーズ・ウィルソン。支配的な母親をチャーミングに演じるウィルソンとエバーソールの喧嘩漫才は実の親子さながらで、一瞬実家に帰ったかのような錯覚を覚えさせる。
自分の財産をケーキに例え、それを全部食べてナイフも舐めてしまったと歌う’The Cake I had‘は哲学的でありながらユーモアに溢れている。グレイ・ガーデンズに出入りして母と娘の関係を揺さぶる青年ジェリーと茹でたトウモロコシを歌った’Jerry Likes My Corn‘もコミカルで絶品のパフォーマンスだ。
一幕目で二枚目のジョー・ケネディ役を演じていたマット・カヴァナーが、二幕目ではのそっとしたジェリーを演じている。
そのほか、一幕目に登場するイーディスの封建的な父親やピアノ伴奏者のグールド、まだ子どものジャッキーやその妹のリーが、二幕目ではグレイ・ガーデンズのゴーストとして現れ、リトル・イーディが置かれた世界を幻想的に表現する。

ミュージカル『グレイ・ガーデンズ』は、時代と社会からはみ出て夢破れた者の悲哀を100ワットの裸電球で明るく照らし、全てのはみ出し者にそっとエールを送っている。
観終わるとつい自分のはみだし具合についても考えさせられる「ストーンチ!(staunch=チョー頑固)」な女のゴミ屋敷サバイバルもののこの新作、観ると胸の奥がじわっと熱くなること請け合いだ。
Production Photos by Joan Marcus
注1:ドキュメンタリー映画Grey Gardensは、アメリカではクライテリオン・コレクション(The Criterion Collection) からDVDが発売されている。このDVDはリージョンフリーなので、日本でも再生可能。但し、日本語字幕はついていない。なお、1975年のこのドキュメンタリー映画で使われなかったフィルムで作られた続編The Beales of Grey Gardensが2006年7月にNYで公開された。こちらのDVDの単体版と、オリジナル版と続編との2枚組版が2006年12月5日に発売されたが、残念ながら続編はリージョン付きだ。
さらに、監督の一人、アルバート・メイズルスは現在ミュージカル「グレイ・ガーデンズ」が出来上がるまでのドキュメンタリー映画を製作中で、また、ハリウッドで映画化も進行中だ。主演はジェシカ・ラングとドリュー・バリモアとなる。
注2:あまりの不衛生さに、郡の衛生局から立ち退き命令を食らう。だが郡の衛生局は逆に「プライバシー侵害」でビッグ・イーディに訴えられてしまった。結局、ジャッキーが夫の海運王オナシスに25,000ドル(資料によっては35,000ドルという記載もある)を支出させて清掃、改装してくれたため、立ち退きは免れた。ドキュメンタリー映画が撮影されたのは、その後である。
注3:イタリアン・ヴォーグは、1999年にフォトグラファーのスティーヴン・マイゼル(Steven Meisel)を使ってリトル・イーディファッションの特集を組んだ。デザイナーのジョン・バートレット(John Bartlett)は2000年の秋冬コレクションで、リトル・イーディにインスパイアされたコレクションを発表しており、他にもトッド・オールダム(Todd Oldham)やカルバン・クライン(Calvin Klein)などがリトル・イーディに影響を受けたと言っている。
注4: リトル・イーディがJFKの兄、ジョセフ・パトリック・ケネディ・ジュニア(Joseph P. Kennedy Jr.)と本当に婚約していたかどうかは定かではないが、プリンストン大学のパーティで出会ったことは確かなよう。ケネディ家の期待の長男であるジョセフ・ケネディ・Jr は未婚のまま戦死している。
Grey Gardens
Walter Kerr Theater
218 West 48th Street, New York, NY 10036
オフィシャル Webサイト
プレビュー:2006年10月3日
オープン:2006年11月2日
クローズ:2007年7月29日 (2016年6月24日情報更新)
上演時間:2時間30分(インターミッション含む)
Production Credit: Book by Doug Wright; Music by Scott Frankel; Lyrics by Michael Korie; Based on the film by David Maysles, Albert Maysles, Ellen Hovde, Muffie Meyer and Susan Froemke; Directed by Michael Greif; Sets by Allen Moyer; Costumes by William Ivey Long; Lighting by Peter Kaczorowski; Sound by Brian Ronan; Projection design by Wendall K. Harrington
Cast: Christine Ebersole (Little Edie Beale/Edith Bouvier Beale), Mary Louise Wilson (Edith Bouvier Beale) , Matt Cavenaugh (Joseph Patrick Kennedy Jr./Jerry), Erin Davie (Young Little Edie Beale), Kelsey Fowler (Lee Bouvier), Sarah Hyland (Jacqueline Bouvier), Michael Potts (Brooks Sr./Brooks Jr.), Bob Stillman (George Gould Strong) and John McMartin (J. V. Bouvier/Norman Vincent Peale)
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