6月25日、King of Popのマイコーことマイケル・ジャクソンが亡くなった。
以来わたしは、ミュージックビデオを見ながら独りで踊るという「追悼ダンス大会」を夜な夜な開催している。
ミュージックビデオを見ながら下手なダンスを踊っていると、マイコーがいかにミュージカル映画を愛していたかがよくわかる。
そういえばマイコーは、ソロデビューアルバム「オフ・ザ・ウォール」を出す前年の1978年、シドニー・ルメット監督で映画化された舞台ミュージカル「ザ・ウィズ」にかかしの役で出ていた。
またこの映画がきっかけで、その後「オフ・ザ・ウォール」「スリラー」「バッド」と続けて3つのアルバムをプロデュースすることになったクインシー・ジョーンズに出会った。
マイコーにとってミュージカルが重要な存在だったことは間違いないだろう。
残念ながら「ザ・ウィズ」のDVDを持っていないわたしはひとり追悼ダンス大会でかかし踊りをすることはできなかったが、ミュージックビデオでみるマイケルとミュージカル映画の熱愛関係をご紹介しよう。
『雨に唄えば』とマイケル・ジャクソン
『雨に唄えば』と言えば、ジーン・ケリーが雨の中で歌い踊るシーンが有名だが、そのオーマージュが見られるのが「Black or White」だ。
「え? そんなシーンあったっけ?」と首をかしげられても仕方がない。というのも、「Black or White」のミュージックビデオはたいてい後ろの4分がカットされて放映されることが多いからだ。
その後ろの4分に登場するのはスタジオの外に出てくる黒豹。その黒豹がマイコーに変身して踊りだす。
その舞台背景がまさに『雨に唄えば』のあのシーンなのだ。
ただ『雨に唄えば』と異なるのは、幸せそうに歌い踊るジーン・ケリーとは対照的に、マイコーがかなり暴力的なこと。
実はこの黒豹ダンスはミュージックビデオが公開された当時かなり物議をかもした。マイコーお決まりの股間に手を当てて腰を動かす動きや、開いていたパンツのジッパーを上げる動作が性的に意味深だと非難され、車の窓や建物のガラスをぶち壊すのが暴力的でよろしくないと言われたのだ。
マイコー的にはどちらも動物(つまり黒豹)の本能を表現したらしいが、結局、マイコーがぶち壊す窓ガラスには後から差別的な落書きが書き加えられ、マイコーが落書きに反応してガラスを割っていると見えるよう修正された。
わたしが持ってるDVDもこの落書き入りバージョン。
Black or White
(黒豹部分は6分36秒辺りから)
『ウエスト・サイド物語』とマイケル・ジャクソン
マイコーがジェローム・ロビンスとロバート・ワイズ監督のミュージカル『ウエスト・サイド物語』を何度もモチーフとして使っていることは既に衆知の事実。
中でも「Beat It」は指を鳴らしてギャング達が集まるミュージックビデオのオープニングからラストにいたるまで全てが『ウエスト・サイド物語』へのオマージュだ。
「Beat It」という曲のタイトルも『ウエスト・サイド物語』のオープニングシークエンスでジェット団の1人が対立するシャーク団のメンバーに向かっていう台詞からとっている。
その上このミュージックビデオで有名なマイコーのファッション、赤いジャケットに黒いスリムパンツは『ウエスト・サイド物語』のベルナルド(ジョージ・チャキリス)の赤いシャツと黒いパンツをイメージしているに違いない。
Beat It
また、マーティン・スコセッシが監督し、ウェズリー・スナイプスやロバータ・フラックも出演している全長18分以上もある「Bad」では、カラーに変わってからの後半部分で『ウエスト・サイド物語』そのもののダンスシークエンスが登場する。
しかも、ジェローム・ロビンスが映画で見せた彼のシグニチャーともなったポーズや振り付けがふんだんに使われている。
Bad – Full Version
(ミュージックビデオ部分は8分49秒辺りから)
上の2つほど明らかではないが「The Way You Make Me Feel」の後半でマイコーが男性バックダンサーを従えて踊るダンスも『ウエスト・サイド物語』。
The Way You Make Me Feel
『ウエスト・サイド物語』には関係がないが、このミュージックビデオを見てとても気になるのは、マイコーはなぜかベルトの代わりに白いヒモを腰に結んでいること。
このミュージックビデオのフルバージョンを見ると、マイコーは冒頭でシンガーソングライターであり俳優のジョー・セネカ扮するじっさまに「Be yourself」と励まされ、お姉ちゃんにちょっかいを出してしつこくストーキングするのだが、お姉ちゃんがマイコーから逃げ回るのはどうもその白い腰ヒモのせいなんじゃないかと思えてならない
ジョー・セネカもどうせアドバイスするならば「その腰ヒモはやめとけ」と言ってあげればよいものをと、いつもこのミュージックビデオを見るたびに思う。
しかし、この白い腰ヒモのハンデがあるにもかかわらず、『ウエスト・サイド物語』風のダンスのおかげでマイコーはお姉ちゃんをものにする。
さすがは『ウエスト・サイド物語』。
さすがはマイコー。
『バンド・ワゴン』とマイケル・ジャクソン
マイコーと言えば、フレッド・アステアとの関係を語らずにはいられない。
「フレッド・アステアとマイコー」と書いても良いくらい、マイコーとフレッド・アステアの関係は深いのだ。
マイコーが1988年に出版した自叙伝「ムーンウォーク」もアステアに捧げられているくらいだし、アステア自身もマイコーの才能に惜しみない賛辞を表し、亡くなる前に
“I didn’t want to leave this world without knowing who my descendant was. Thank you Michael! “
(自分の子孫が誰なのかを知る前にこの世を去りたくはなかったんだ。ありがとう、マイケル!)
と言っていたほどだ。
そもそもマイコーのシグニチャーファッションを見ても彼がアステアを敬愛していたことが良くわかる。
そう、あのつんつるてんのストレートパンツである。
マイコーがいつも短めのパンツを履いて靴下を見せているのは無論、靴下にこだわった伊達男フレッド・アステアの影響。燕尾服を着ている時はさておき、そうでない時のアステアはいつもシャツやポケットチーフといったトップに持ってきた色と靴下の色を合わせ、踊るたびにちらりと見える靴下にはかなりのこだわりを見せていた。
マイコーの靴下見せルックのルーツはもちろんここにある。
そしてそのマイコーがアステアの映画『バンド・ワゴン』をモチーフに作ったミュージックビデオが「Smooth Criminal」。
Smooth Criminal
このミュージックビデオは重力に逆らってまっすぐ前のめりに傾く「いったいどうやったらできるの?」と摩訶不思議なマイコーの例の動きが有名だが、これと『バンド・ワゴン』を見比べるとマイコーが衣装までアステアを模倣していることが一目瞭然。違いと言えば、マイコーがアームバンドをつけていることと、クラッシックにもスパッツを身につけていることか。
スパッツと言っても今巷で流行中のモモヒキもどきとは違う、靴と靴下カバーのこと。このスパッツの下に重力に逆らって前のめる秘密が隠されていたことは既にご存知のとおり。マイコーはパテントまでとっている。
実は最初にあげた「Black or White」の後半部分の黒豹ダンスを見ると、わたしはジーン・ケリーの『雨に唄えば』と同時にフレッド・アステアの『トップ・ハット』も思い出す。
映画の中にフレッド・アステアが砂を撒いた床の上でタップを踏むちょいとロマンチックなシーンがあるのだが、黒豹ダンスのその音のせいでこの砂の上で踏むタップをついつい思い出してしまうのだろう。
もっとも、腕や足の動きに合わせて入れられた効果音は、どちらかと言えばカンフー映画の効果音のほうに良く似ているとも思うが。
しかし、今頃マイコーがアステアと一緒に雲の上で踊っているんじゃないかと思うと、ますますわたしのひとり追悼ダンス大会は盛り上がるのである。
Featured Photo: Michael Jackson performing his song “Jam” as part of his Dangerous world tour in Europe in 1992.
Photo by Casta03
上に記載したミュージカルの関連シーン動画は以下のリンクから!
-『雨に唄えば』のジーン・ケリーの雨の中のダンスシーン
-『ウエスト・サイド物語』のオープニング
-『バンド・ワゴン』の「ガール・ハント」バレエシーン
-『トップハット』の砂のダンス (ダンスは2分42秒辺りから)