香港で日本の洋画公開時期について考えた

1月24日、2017年のアカデミー賞候補が発表された。

はてさて、候補になった作品のうち、授賞式までに一体何本見られるだろう? そう思って、今住んでいる香港でのオスカー候補作劇場公開時期を調べていた時、日本での洋画公開時期が遅すぎるという嘆きと憤りの入り混じった声がTwitterから聞こえてきた。

オスカーの作品賞候補作9本のうち、日本で授賞式前に劇場公開されるのは『ラ・ラ・ランド』(La La Land)の1本だけ。去年11月から日本のNetflixで配信されている『最後の追跡』(Hell or High Waterを除き、残りは4月以降の公開だという。

映画好きにとってアカデミー賞授賞式は1年でも最大の映画のお祭り。小学校に上がる前から一人で映画館に行っていたわたしにとってもその日は特別の日だ。日本で勤めていた頃は1ヶ月以上前に有給休暇を申請し、当日は朝からテレビの前に陣取っていたものだ。

ただ、当時感じていたのは、授賞式に登場する映画のほとんどが日本未公開で、しばらく待たなければ見られないというフラストレーション。Twitterで嘆きのつぶやきを読んだ途端、昔感じたそのフラストレーションが胸中に蘇る。

同情心、好奇心に駆り立てられ、オスカーの主要賞にノミネートされた映画のアメリカ・香港・日本の一般劇場公開日を調べてみることにした。

まず純粋に嬉しかったのは、ほとんどの映画が香港でも日本でも公開されるということ。これは洋画ファンにとってとてもありがたい。作品賞、監督賞、演技賞、脚本関連賞の候補作だけを数えても17本あるが、そのうち香港で劇場公開日が決まっている(あるいはすでに公開された)作品が11本、日本は12本ある。

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*作品賞、監督賞、演技賞、脚本関連賞ノミネート作のみ表示。公開日はIMDBを参照

さて、先に進む前に、ここで一旦アカデミー賞の審査基準について注釈を入れておこう。

ご存知の方も多いだろうが、アカデミー賞の審査対象になる映画は、前年の1月1日から12月31日までにロサンゼルス郡の映画館で公開された作品。もう少し正確に書くと、この期間内に日に3回以上(そのうち1回は夜6時〜10時に上映開始が必須)、連続7日間以上興行された映画が対象となる。

だが、審査するのは人間。それも平均年齢がかなり高いと言われているオスカーの会員達だ。公開時期がオスカーノミネーション時期に近ければ近いほどその映画の話題が巷にあふれ、会員の目に触れる機会も多くなる。10か月前に見た映画よりも10日前に見た映画の方が記憶に残る。そんな読みから、オスカーが狙えそうな作品は米配給会社が審査対象期間ギリギリに劇場公開日を設定する傾向がある。

実はこの「年内連続7日間以上興行」というのは便利な条件で、これさえクリアすればそのまま継続して興行する必要はない。そのため、例え初日が翌年1月以降に決まっていても「限定上映」で「年内連続7日間以上興行」すればオスカーの審査対象になる。今年、そうやって資格を得たのが、例えば『ライオン』や『ヒドゥン・フィギュアーズ』だ。

つまり言い換えれば、11月、12月のロサンゼルスの映画館はオスカーを狙う映画でてんこ盛りになるということ。(但し、外国語映画賞はこの条件には当てはまらず、本国で前々年の10月1日から前年の9月30日までに、つまり今年のオスカーの外国語映画賞の場合は2015年10月1日〜2016年9月30日に、連続7日間以上興行された映画になる。アカデミー賞のルールはこちらで確認できる。)

これを踏まえて、今年オスカーで作品賞や監督賞、演技賞、脚本関連賞など、一般観客にアピールしそうなメジャーな賞の候補になった映画の米公開日を見てみると、ほとんどすべてが前年の後半に公開された作品だ。上の表にあげた17本のうち13本は11月以降に公開。作品賞の候補など9本のうち8本が、監督賞候補は全5本が、演技賞は全20枠のうち17枠が11月以降にアメリカで公開された映画だ。

単純に考えるとつまり、アメリカ国外ではようやく公開が始まる映画ということ。

「なんだ。じゃあ日本での公開が春以降になっても仕方ないじゃないか。」

もしそう思うなら、その同じ映画が香港では今まさに公開されていることに注目してもらいたい。

香港で授賞式までに公開されるのは、作品賞にノミネートされた9本のうち7本。演技部門ノミネート作品は、作品賞と重複したものを除く6本のうち3本(そのうちの1本、英国映画の『マダム・フローレンス!夢見るふたり』は香港も日本も昨年中に公開済み)。しかも、実際にはこの表に記載した公開予定日の数週間前から先行上映もやっている。

つまりここ香港では、オスカーがらみの主要作品は授賞式までに相当数見ることができるのだ。

いわゆる洋画に関しては、香港も日本も基本的には同じ時期に同じところから買い付け、字幕を付け、映画館をブッキングし、宣伝をして劇場公開するはずで、契約締結時期に多少の差はあれど公開までのプロセスにさほど変わりはないはず。それなのに同じ映画の公開時期が香港と日本で数ヶ月も違うのはなぜなのか?

その時ふと思い出したのが、その昔、日本で洋画配給に携わる人と交わしたある会話だった。

ある席でその人物に遭遇した際、ここぞとばかりに率直な質問をぶつけてみた。なぜ洋画の日本公開は遅いのか? なぜオスカー候補作は授賞式の後にならないと見られないのか? と。

その人は、日本では宣伝をしないと集客できないこと、宣伝材料(ポスター、予告編、スチール写真、動画や出演者・クリエイターのコメント、本国でのボックスオフィスの成績や受賞歴などの情報等)を手に入れる時間が必要なこと、日本のメディア側から要求される「何週間前までに宣材を提出」という締め切りのために一定期間をとらざるを得ないことをざっと説明してくれた。

また、アジアの国の中にはアメリカでの公開後すぐに海賊版が出回るところがあり、海賊版対策として公開初日を早める必要があるが、日本はその必要がないとも話していた。

かれこれ10年も前に聞いたことで、当時も「なるほど!」と膝を叩いて納得したわけではなかったが、現在でも同じ映画の公開時期が香港より数ヶ月遅い日本の状況を見ていると、日本では宣伝にたっぷり時間をかけている(かかる)のだろうということは容易に想像がつく。

だが、そこで気になったのは、より多くの人に映画館に足を運んでもらい、より多くの人に映画を見てもらうためにする宣伝に時間がかかりすぎるせいで、逆に観客を逃しているのではないか、ということ。

10年前とは異なり、今はインターネットがかなり発達している。日本の観客が劇場公開を待っている間に海外ではその映画のDVDやBlu-Rayが発売され、NetflixやAmazonでストリーミングが始まる。海賊版に手を出さなくても、数クリックで合法にコンテンツを入手できる。

フラストレーションを抱えている日本の洋画ファンはそれに手を出さないのだろうか?

そんな疑問から、Twitterでちょっとしたアンケートをやってみた。

Twitterのアンケートは選択肢が4つしか作れず、回答者の属性調査もできないので、厳密には有効データと見なされないことは承知しつつ、それでももし日本の洋画ファン100人くらいから回答があればが何かが見えてくるはず、そう思って3つの質問を投げてみたのだ。

すると予想以上の反響で、回答期間3日間で約1200〜1750人から投票があった。

質問の性質上、投票してくれたのはおそらく日本で洋画をよく見る洋画ファンだと思う。したがって、投票結果は洋画ファンの声として見るべきだろう。

最初の問いは、アカデミー賞ノミネート作品をいつみたいか、というもの。

投票者1611人のうち、79%が候補作を授賞式までに見たいという回答で、圧倒的に多い。

授賞式後に見たいという人は、受賞作品だけを見たいという人を合わせて9%だった。

次に質問したのは、アカデミー賞の候補作品がもしも授賞式までに日本で劇場公開したらどうするか、という問い。

投票数1205のうち、普段から「よく映画館で見る」という人(76%)と普段は「あまり映画館で見ない」という人(16%)を合わせて92%の人が「授賞式までに映画館に観に行く」という回答だ。

注目したいのはその16%の人たち。普段は映画館で映画を見ない人(おそらく普段はDVDやTV放映やオンライン配信で洋画を見る人)も、候補作が授賞式までに公開されたら映画館まで見に行くというのだ。

実際、現在オスカー候補作を上映中の香港の映画館は普段よりもとても賑わっており、週末は人でごった返し、劇場はほぼ満席だ。候補作をこの時期に公開すれば、日本でもそういう光景が見られるようになるかもしれない。

3つ目の問いは、日本の洋画公開時期が遅いせいで、配給・興行側がどれくらい観客を逃しているのかを探る質問。

この問いに対する投票数が1759と一番多かったのが、日本での洋画公開時期の遅さにフラストレーションを感じている洋画ファンの多さを想像させる。

実は、日本での公開を待たずに別の手段で洋画を見たことが「ある」と回答した人が合計41%もいたことについては「こんなにいるのか」と驚くと同時に「やはりそうか」と感じた。映画館での公開を待っている間にしびれを切らし、他の方法でその映画を見たという人が41%。しかもそのうちの半分以上(全体の23%)は、既に見た映画を見るために映画館に戻ることはあまりないという。

このアンケートに回答してくれたのが日本で洋画をよく見る人たちだという前提に立つと、配給会社と興行側は、本来なら自ら進んで映画館に来てくれるはずのこの23%の人達を、公開時期が遅いせいでみすみす逃がしていることにならないだろうか?

また、この問いへの回答で「無い(そうしたいが日本語字幕がない等障害がある)」と回答した人が34%もいたことにも注目すべきだろう。障害さえなければ遅すぎる日本での劇場公開を待たずに他の方法で見る、でもそれができないから我慢しているのだと宣言されているようなもので、いつかある日、映画館を開けてみたら観客が誰も来なかった、という日が訪れるかもしれないのだ。

このアンケートをやってみてわたしが感じたのは、業界はもっと危機感を持つべきではないのか、ということだった。

配給会社も興行会社も映画を見に来る人が増えて欲しいという思いは同じはずだ。宣伝は、その商品に興味がなかった人に興味を持たせ、その商品を買ってもらい、客を増やすためにある。だが、その先にあるさらに重要なことは、つかまえた客を離さず、ずっと顧客でい続けてもらうことだと思う。

もし、これまで続けている宣伝方法や公開スケジュールが既存のファンに不満を持たせ、他の方法で映画を見ることを模索させているならば、業界は危機感を持つべきだ。既存顧客の不満の声に耳を傾けず、新規顧客の開拓に力を注いでも、ザルで水を汲むようなもの。

でもひょっとして業界は、既存顧客が抱えている不満の存在は知っていても、不満の大きさには気がついていないのかもしれない。

***

「洋画の公開時期は遅すぎる。オスカーの候補作を授賞式までに見たい。」話はここからスタートしたのだから、ここに戻すことにしよう。

もし、日本で宣伝にかける時間を縮めることができれば、日本での洋画公開時期は早くなるはずだ。日本での宣伝は、テレビと新聞、雑誌のパブリシティ、企業や日本のタレントとのタイアップ、とにかく露出だ。しかし、それに時間がかかって初日が2ヶ月先になってしまい、既にいる洋画ファンが離れていくならば、宣伝方法を大胆に変えることを検討してもいいのではないか?

常々思っているのだが、日本は、一般観客が日常的に触れることができる洋画情報の絶対量が少なく、洋画を見る楽しみに触れる機会も少ない。

アメリカはと言えば、平日午後7時から8時までの間に、セレブのゴシップや、ハリウッド映画の撮影開始情報、撮影現場のこぼれ話、プレミアの情報やレッドカーペットのファッションなど、エンタメ関連のニュースを流すテレビ番組が複数ある。また深夜にはどの局もセレブを迎えたトークショウを揃え、いろんなセレブが毎日次から次へと出演しては楽しい会話とともに新作映画やテレビ番組、新刊本やツアーの宣伝など、ありとあらゆるプロモーションをする。つまり、月曜から金曜まで、毎日何らかの映画情報がテレビで流れるようになっているのだ。

香港でも、ケーブル局ではあるが、これらのアメリカのテレビ番組が半日から1日遅れというほぼリアルタイムの速さで字幕付きで放映されている。

また、アメリカの新聞、雑誌にはしっかりした映画評が数多く掲載される。スタイルやバックグラウンドも違う批評家たちが、それぞれ異なる視点や意見を発表する映画評は、読み物としても楽しめる。観客は映画を観る前、あるいは観た後に、映画に秘められたテーマやリファレンス、暗示などを確認でき、映画を二度楽しめる。評に引用された他の作品に興味をそそられ、それを見ることだってある。

作品の良さをしっかり伝えるルート、洋画を見る楽しみを観客に伝えるルートが常にそこにあれば、公開時期に照準を合わせて「露出」を増やす宣伝ほど速攻力はなくても、長い目で見れば映画人口を増やすことに繋がる。既存のファンも楽しめる。

でも実は、オスカー候補作を授賞式までに公開するためには、何も今ある宣伝方法を変えなくてはできないわけではない。

ご存じでない方のために念のため、でもかなり大雑把に書くと、アメリカのメジャースタジオ映画の大部分を除いては、洋画は製作会社が製作し、配給会社がその上映権を買い付け(そして宣伝し)、興行会社が経営している映画館に配給する。映画を上映するには当然映画館が必要で、配給会社は興行会社が所有する映画館をブッキングして映画を一般公開する。映画の公開初日は、配給会社と興行会社間の希望や諸事情を踏まえた上で決まるのだ。

観客が支払う入場料(つまり興行収入)のうち、約5割(この割合は契約によって異なり、公開後の映画の集客率によっても変動する)が映画館側の収入になり、残りは配給会社の手数料や宣伝費、製作会社に戻る利益になる。興行側は映画がヒットすれば収入が上がるので、予想外にヒットした映画はできれば興行期間を延ばしたい。日本で去年8月に公開された『君の名は。』がいまだに映画館で上映され続けているのは客が入るからだろう。だがその一方で、タイムリーに劇場を確保できない映画が出てくる。

最初に書いたように、ほとんどのオスカー候補作はアメリカで11月以降に公開される作品で、ノミネートから授賞式までは約1か月と旬が短い。つまり、突然旬が訪れるオスカー候補作品のために、興行側が映画館を用意し、配給側が映画を配給できるような仕組みを準備していれば、オスカー候補作を「特別上映」することも可能だと思うのだ。

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香港で開催中のCountdown To The Awards

例えば香港では、前述した公開予定日数週間前の先行上映以外にも、劇場側、配給側、オスカー授賞式を放映するテレビ局側が共同で特別イベントを開催している。オスカーの候補となった映画のうち、現在公開中の映画、これから公開予定の映画、公開日がまだ決まっていない映画を集めて2日間で劇場上映し、映画館で一気に見られるイベントだ。

また授賞式を放映するHBO Asiaは、既に劇場公開が終わっている作品や、香港で劇場公開権が買われなかった作品数本をオンデマンドで見られるようにしている。

こんな形なら「オスカー授賞式までに作品を見たい」という日本の映画ファンの要望に応えることはできるのではないか?

ブロックバスターに冷たいと言われるオスカーでは、比較的小さめのインディペンデント作品がノミネートされがちだ。小さめの作品は観客の絶対数も少なくなるため、その少ない観客が見たい時期に見られないというのは配給や興行にとってももったいない話のはず。1億行けたはずの興収が、7000万円になってしまえば損失は大きい。

10年前、日本で洋画の配給に携わる人物に質問をぶつけた後、わたしはアメリカに移り住み、オスカー前のこの時期に普段映画をあまり見ない人たちが映画館に集まって映画のお祭りを楽しむ様子を目撃してきた。

現在住んでいるここ香港も同じく、オスカーのノミネートが発表されて以来、候補作の先行上映は常にほぼ満席、数日前にチケットを買わないと最前列の席しか手に入らないほど賑わっている。

そんな体験から思うのは、世界中が盛り上がる映画の祭典オスカーのこの時期に、世界と一緒に盛り上がらないのは大きな損だということ。

なるほど、「アカデミー賞受賞作!」と謳えば映画館への集客効果は絶大だろう。だが、そもそもオスカーを受賞するのは5〜10作品の候補のうち1本だけ。残りは「候補」で終わるのだから、むしろ世界中が「あの作品が受賞するか?」「いやこの作品か?」と盛り上がっている時期に「候補」として売り込んで一緒に盛り上がる方が、後で「(受賞しなかったけれど)オスカーノミネート作品(でした)」と売るよりも集客が見込めるのではないか? 新たな映画ファンを作れるのではないか?

楽しさや熱気は伝染する。もし、日本の洋画ファンがこの時期にオスカー候補作の多くを映画館で見られるようになれば、それは必ず大きなBuzzになると思う。人工的に仕掛けられたBuzzとは異なり、オーガニックに生まれるBuzzは映画のヒットにも結びつくはずだ。

普段映画館に足を運ばない人も映画館に引き寄せるだろうし、「オスカーシーズン」がやがて年末年始や春休み、ゴールデンウィーク、夏休みと言った、映画興行で重要なシーズンの一つになる日が訪れるかもしれない。そう思うのだ。

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About Sooim Kim

映画館や劇場内、テレビの前に生息する夜行性ヒト科のメス。知能はチンパンジーよりやや高い。どう猛で群れを作らず、映画、演劇、TV番組等、面白いものを求めてさまよう性質がある。前方に突き出た口から毒性の批評を吐き、時折好んだキャラクターに変身する。機嫌が良いと映画などのワンシーンを再現することが確認されている。

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