7月9日、ハリウッドにあるTCLチャイニーズ・シアターで映画Ghostbusters『ゴーストバスターズ』のプレミアが行われた。
このプレミアのレッドカーペット(と言っても実際にはグリーンなのだが)でひときわ注目を浴びたのが、レスリー・ジョーンズ。NBCの人気コメディ番組Saturday Night Live『サタディ・ナイト・ライブ』(SNL)の現役レギュラーメンバーで、ゴーストバスターズの1人を演じたコメディアンだ。
今回の映画は、1984年に公開され大ヒットを飛ばしたアイヴァン・ライトマン監督のSFコメディ映画のリブート作品。オリジナルではダン・エイクロイド、ビル・マーレー、ハロルド・ライミス、アーニー・ハドソンが演じた4人の幽霊退治員を全員女性が演じることが話題になった。
演じるのは、本作を監督したポール・フェイグの2011年の監督作Bridesmaids『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』に出演していたクリスティン・ウィグとメリッサ・マッカーシーに、SNLの現役レギュラーキャストメンバーのケイト・マッキノンとレスリー・ジョーンズの4名。

ハリウッドの夏のブロックバスター映画ともなれば、プレミアは大々的に行われる。つまり、映画の出演者や関係者、招待されたセレブ達はブランド物の服を着てレッドカーペットの上を歩き、メディアの取材を受けるということ。
そのプレミアが10日後に迫る6月28日、メインキャストの1人、レスリー・ジョーンズが、レッドカーペットで着るドレスをどのブランドからも借りられないとツイートした。
「映画のプレミアで私を助けようとするデザイナーが誰もいないのはとてもおかしい。ふーむ、この状況は必ず変わるし、全て覚えておくから。」
どうやらジョーンズのスタイリストがドレスの提供をアレンジしていた2ブランドが、直前になってキャンセルしてきたらしい。
慌てて他のブランドに提供を求めたものの、どのブランドからも断られてしまう。こうなれば自分でドレスを買うしかない。スタイリストと二人で高級百貨店のニーマン・マーカスに向かう途中、ジョーンズがフラストレーションを吐露したのがそのツイートだった。
通常、ハリウッドのレッドカーペットイベントがあると、スターはブランドからドレスを借りる。注目を集めるイベントで注目を集める女優が自ブランドを着てくれると、ブランドにとってはそれが大きな宣伝になり売り上げにつながる。女優側はたった1度しか着ないドレスを自前で用意する必要がなくなる。ドレスの貸し借りは両者にとって利があるビジネス取引だ。
もしドレスを借りる女優がファッショナブルだと定評があったり、誰もが注目する女優だったり、あるいは若くてほっそりとした綺麗な女優ならば、世界的に有名なブランドからドレスを借りるのは簡単だ。ランウェイでモデルが着ていたサイズが着られるならば、ファッションショーの数日後にそのドレスを借りられることだってある。
さらにもしもそのイベントがオスカーやゴールデングローブ賞などの世界的な注目を浴びるアワードで、その女優がノミネートされていたり、プレゼンターに決まっているならば、有名ブランドが数週間から数ヶ月をかけて特別なドレスを作ってくれることさえある。
だが、もしもその女優の名前が「ファッショナブルなセレブ」のリストに載っておらず、飛ぶ鳥を落とす勢いの旬の女優でもなく、若くて綺麗でもなく、サンプルサイズが着られるモデル体型でもなく、オスカーにもノミネートされていない場合、状況は少々異なる。
あいにくジョーンズの場合はこの全てに当てはまっていた。

現在48歳のジョーンズは、2014年にSNLのレギュラーキャストメンバーになるまではほぼ無名の存在だった。LAのコメディクラブでスタンダップコメディをやりながら芸を磨き、HBOのコメディ番組Def Comedyやクリス・ロックの映画などに小さな役で出演してメインストリームに食い込むチャンスを待っていた。
ジョーンズにそのチャンスがようやく訪れたのは、コメディアンになって四半世紀が過ぎた頃。2013年の終わりだった。
マイヤ・ルドルフが2007年に去って以来、SNLには黒人女性コメディアン不在の状態が続き、批判の的になっていた。2013年9月にシーズン39が始まり、新しくレギュラーが発表されたものの、その中にはまたもや黒人女性が含まれていなかったため、SNLへの批判はさらに大きくなる。
SNLはその年の終わりに黒人女性コメディアンのオーディションを行うことになり、そうして雇われた一人が当時46歳、身長180センチを超す大柄なジョーンズ。
当初はライターとして参加していたジョーンズがキャストメンバーになったのは2014年10月のシーズン40から。一般に知られるようになったのはここ2年のことで、まだまだ無名の存在だ。この『ゴーストバスターズ』への出演は彼女にとってはとてつもなく大きな仕事だった。(実際、この映画のギャラのおかげでクレジットカードの負債をすべて清算することができたらしい。)
その晴れの舞台であるレッドカーペットで綺麗に装うことを楽しみにし、スタイリストのブライアン・マックファターがアレンジしたドレスが届くのを待っていた。
そこにブランド側からの土壇場のキャンセル。
ジョーンズのフラストレーションが詰まったツイートはあっという間に拡散された。
すると、1時間もたたないうちにあるデザイナーが文字どおり手を挙げた。
ファッションデザイナーが競い合う人気リアリティ番組、Project Runway『プロジェクト・ランウェイ』シーズン4で優勝したクリスチャン・シリアーノが、ジョーンズのツイッターに手を挙げる絵文字と手を振る絵文字で返信ツイートを送ってきたのだ。
シリアーノは、Project Runway『プロジェクト・ランウェイ』優勝後に自身の名前を冠したブランドを立ち上げ、ニューヨーク・ファッション・ウィークでコレクションを発表しているデザイナーだ。2012年9月にはマンハッタンのエリザベス・ストリートに旗艦店をオープンし、国内ではニーマン・マーカスで扱われ、国際的にも展開されているラグジュアリー・ブランドである。
エレガントで美しい彼のドレスを着てレッドカーペットに登場するセレブも多く、顧客にはサラ・ジェシカ・パーカー、リアーナ、ジェニファー・ハドソンやMAD MENのクリスティーナ・ヘンドリックスなどなど、名前をあげたらきりがない。ファースト・レディのミッシェル・オバマも、先週彼の黒いレースのドレスを着てダラスでのメモリアル式典に出席していた。
そのシリアーノが、ジョーンズのためにカスタムメイドしたドレスがこちら。
オフショルダーで深いスリットから脚がのぞくドレスは、往年のハリウッド女優を彷彿とさせるクラッシックグラマーで、エレガントにセクシーだ。
ジョーンズのツイートからレッドカーペットに至るまでの顛末は各種メディアで大きく取り上げられ、ジョーンズはテレビのモーニングショウに引っ張りだことなった。このドレス問題は映画の大きな宣伝になっただけでなく、美しいドレスをさっとカスタムメイドしたシリアーノのブランドにとっても大きな宣伝となる。
ファッションブランドにとってイメージはとても重要だ。ブランドのイメージを高めるため、あるいはキープするために、自ブランドの服をどの女優に貸し出すかはブランドが独自の基準で決める。
今回、ジョーンズにドレスの提供をキャンセルした2ブランドも、諸事情があってのキャンセルだったはず。だが、ジョーンズのこのエレガントな姿を見て、その2ブランドは今頃大きく後悔しているにちがいない。
Ghostbusters Photo © COLUMBIA PICTURES © 2016 SONY PICTURES DIGITAL PRODUCTIONS INC. ALL RIGHTS RESERVED.
注:実は、レッドカーペットでドレスを借りるのに苦労したのはジョーンズが初めてではない。『ゴーストバスターズ』でジョーンズが共演したメリッサ・マッカーシーも過去に経験している。Bridesmaids『ブライズメイド 史上最悪のウエディングプラン』で2012年のオスカーにノミネートされたマッカーシーは、サイズのせいでレッドカーペット用のドレスに随分と困った経験から、すべてのサイズの女性がファッションを楽しめるよう、ブランド「Melissa McCarthy Seven7」を立ち上げた。
Ghostbustersは全米で7月15日より公開中
日本では8月11〜14日に一部地域で先行公開後、8月19日より公開
Ghostbusters US オフィシャルサイト
ゴーストパスターズ 日本オフィシャルサイト
Christian Sirianoオフィシャルウェブサイト
Melissa McCarthy Seven7オフィシャルウェブサイト
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