Theater Review: The King and I 『王様と私』

帰ってきた渡辺 謙!
ミュージカル『王様と私』の豪奢な舞台

今からちょうど1年前の4月16日、ロジャース&ハマースタインのミュージカル‘The King and I’(王様と私)のリバイバル版がリンカーンセンターでオープンした。渡辺 謙のブロードウェイデビューとトニー賞ノミネートが日本でも大きな話題になった作品である。

渡辺の出演は去年7月12日で終了。

だが、2015年のトニー賞で作品賞を含む4部門を受賞して人気に拍車がかかった本作は、その後もオープンエンドで上演が続き、主演女優賞を受賞したブロードウェイの大スター、ケリー・オハラが豪奢な舞台で観客を魅了し続けていた。

そのオハラの出演が今月終了を迎えるためか、それに合わせるように渡辺がブロードウェイに戻ってきた。

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Kelli O’Hara, Ken Watanabe and company

ロジャース&ハマースタインのコンビが生み出した5作目のミュージカル『王様と私』は、マーガレット・ランドンの小説「アンナとシャム王」(‘Anna and the King of Siam’)をもとに作られた。

舞台は1862年のシャム王国。ヨーロッパの近代的な考えを持つウェールズの未亡人アンナがシャム王国の王子王女の教育係として雇われ、封建制と古くからのしきたりを重んじるシャム王と対立を繰り返すうち、文化の違いを超えて次第に理解を深めていく、という物語だ。

1951年の初演時には大ヒットとなり、主演のガートルード・ローレンスとユル・ブリンナーがトニー賞を受賞。ミュージカル作品賞も受賞した名作だ。

1956年にはウォルター・ラング監督、ユル・ブリンナーとデボラ・カー主演で映画化され、ブリンナーはアカデミー賞も受賞。‘Shall We Dance?’ (シャル・ウィー・ダンス?)の曲に合わせて二人がポルカを踊る名シーンは見たことがある人も多いだろう。

今回のリバイバルはブロードウェイでは1996年以来19年ぶり。演出家バートレット・シャーが贅を尽くした舞台を作り上げている。

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Kelli O’Hara and Ken Watanabe

その豪華さを象徴するのがオープニングシーンに登場する船。

額縁で囲まれたその奥にステージがあり、手前に客席があるという通常のブロードウェイの劇場とは異なり、『王様と私』が上演されているヴィヴィアン・ボーモントシアターは、半円形に突き出したステージの周りを客席が扇形に取り囲むという特殊な形をしている。ステージはさらに奥へとつながり、深く、巨大だ。

ブロードウェイのミュージカルとしては最大級の、これまた豪華な29人編成オーケストラが序曲を演奏し終えると、その巨大な舞台に巨大な船がスーッと現れる。乗っているのはアンナ(ケリー・オハラ)とその息子。

西洋の国から見知らぬ東洋の国にやってきた二人は期待と恐れを胸に抱いている。だが、その小さな姿とは対照的に、巨大な船がバンコクの港に静かに到着する様は、西洋文化の東洋への到来という物語のテーマを視覚的に見せ、その行く末を暗示する。

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Kelli O’Hara

演出家のシャーは、西洋と東洋が出会うこの物語の主役にブロードウェイの大スター、ケリー・オハラと、ハリウッドで活躍する東洋のスター、渡辺 謙を起用した。オハラは、その透明な声で‘I Whistle a Happy Tune’‘Getting to Know You,”Hello, Young Lovers’などの名曲を歌うだけで、この作品を見に来てよかったと観客を満足させる、アメリカのミュージカル界でも最も才能ある女優の一人。

その彼女が演じるアンナは、王に匹敵するほど頑固で意志が強く独立心ある女性でありながら、同時に母性的な優しさと人間的な温かみのある、深みある魅力的な人物になっている。

だがニクいのは渡辺の配役だ。映画でもドラマでもそうだが、役者が外国人を演じるときには、外国人が話す言葉をそれらしく真似てたどたどしく話すのが常。だがそれは時折り外国人のカリカチュアに見え、見ている者をげんなりさせることがある。しかし、英語の発音に苦労する渡辺が不思議なアクセントでシャム王を演じる姿はとても自然で、却ってリアルに思えてくるのだ。

また、封建的なシャム王の傲慢さは往々にして子どもっぽい大人として表現されがちだが、凜とした立ち姿だけで王の威風堂々とした風格を見せる渡辺の少々大きな演技は、子どもっぽさというよりも言葉のつたなさを補うもののように見え、ピタリとはまる。

外国語をたどたどしく話すからと言って、そこに知性や尊厳がないと思ってはならない。西洋の列強が次々と隣国を保護国化する中、シャム王国が野蛮な国ではなく、西洋の国々の尊敬に値する対等な国であることを知らしめて独立を守り抜こうとするシャム王の苦悩が、渡辺の存在によってさらに強調されるように思えてくる。

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Ken Watanabe and Kelli O’Hara

その二人が‘Shall We Dance?’のシーンで見せるケミストリーがセンセーショナルだ。

王宮で催された英国の使節団を招いての晩餐会の後、王はアンナからポルカの踊り方を教わる。

一通り踊った後、正式な組み方をしようとするシャム王が、「Like this(こんな風に)」と言いながらアンナの腰に手を回し、アンナをグイッと引き寄せる。

その時突然、舞台の上の渡辺演じるシャム王からビリビリとしたセックスアピールが噴出し、引き寄せられたアンナがハッとする。

すると、私の真後ろで観劇していた60代、40代、20代の祖母、母、娘三人組の女性たちが、異口同音一斉に「はぁ〜っ」と桃色のため息をつくではないか! アメリカで渡辺のことをセクシーと思う女性が多いとは聞いていたが、たった一言のセリフと右手の仕草だけで、親子三世代の女性を一網打尽メロメロにする渡辺の色気に感服した。

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Ken Watanabe, Kelli O’Hara, and company

大きなステージをさらに広く、大きく見せるマイケル・イヤーガンのセットは、ドナルド・ホルダーの照明に映え、本作で6つめのトニー賞を受賞したキャサリーン・ズーバーの衣装とともにシャム王宮の優美できらびやかな様子を厳かに表現する。

特に、贅沢な布特有の光沢を放つ衣装が、鏡のように磨きこまれた王宮のダークな板張り床にほんのりと映る様子は豪華さをエレガントに倍増する。

それをたっぷり堪能できるのが‘March of the Siamese Children’のシーン。王子王女たちが次から次へと登場し、王に挨拶する。その様子を見守る妃達が見せる愛情の演出が繊細で、特に正室のティアン妃(ルーシー・アン・マイルズ)と王の間の愛情が如実に見て取れる。そのせいで、その後ティアン妃が王への深い愛を歌うシーン(‘Something Wonderful’)で観客は感情を揺さぶられ、さらなる感動を誘うのだ。

威厳ある愛情を見せてティアン妃を演じたマイルズはこの役でトニー賞を受賞した。

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Ruthie Ann Miles and Kelli O’Hara

このプロダクションでもう一つ特筆すべき豪華なシーンは、ジェローム・ロビンスの振り付けをもとにクリストファー・ガテリが振り付けた劇中劇の‘Small House of Uncle Thomas’(アンクル・トーマスの小さな小屋)。

シャム王国が野蛮な国ではないことを英国使節団に証明するために催された晩餐会で、王の新しい側室タプティム(アシュリー・パーク)がストウ夫人の「アンクル・トムの小屋」を脚色したバレエを披露する。

タプティムはシャム王の側室にと隣国ビルマから贈られた貢物。他に愛する男性がいるのに自分の身が自分の自由にならない奴隷だ。その彼女が奴隷制度への批判を込めて作ったバレエの美しさは、その後に訪れるある出来事の悲しさを強調する。

ミュージカルの冒頭、巨大な船に乗るアンナが、怖がる息子に楽しい曲を口笛で吹けば、怖さもそのうち吹き飛んでしまうと教える(‘Whistle a Happy Tune’)。だが、自分の身が自分の自由にはならないという境遇を忘れてしまうほど、楽しい曲はこの世に存在しない。

豪奢に作られた美しいミュージカルが、そんな悲しい現実を思い知らせてくる。

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The company of The King and I

All Production Photos by Paul Kolnik

The King and I
The Vivian Beaumont Theatre
150 West 65th Street (Bet. Broadway and Amsterdam)
オフィシャルサイト
プレビュー:2015年3月15日
オープン:4月16日
終演:オープンエンド
*渡辺 謙とケリー・オハラの出演は2016年4月17日にて終了。
上演時間:2時間55分(15分のインターミッション含む)

Production Credit: Music by Richard Rodgers; Book and lyrics by Oscar Hammerstein II; Based on the novel by Margaret Landon; Choreography by Jerome Robbins; Musical staging by Christopher Gattelli; Directed by Bartlett Sher
Cast: Kelli O’Hara, Ken Watanabe, Ruthie Ann Miles, Ashley Park, Conrad Ricamora

2015年のトニー賞授賞式でのパフォーマンス