シリアルキラーのサクセスストーリー ミュージカル!?
『紳士のための愛と殺人の手引き』
死人が出れば出るほど客席の笑いが大きくなる。そんな特異な作品が、去年のトニー賞で作品賞を含む4部門を受賞した ‘A Gentleman’s Guide to Love & Murder’ だ。
1907年のロイ・ホーニマンの小説 ‘Israel Rank: The Autobiography of a Criminal’ をベースにしたミュージカルで、爵位を相続するため、自分より相続順位が上の親族を次々と殺害していく男を主人公にしたブラックコメディである。
1909年の英国。死刑執行を明日に控えたモンティ・ナヴァーロが、監獄の中でメモワールを執筆している。殺人罪で死刑宣告を受けるに至った経緯を書き残しているのだ。メモワールのタイトルは ‘A Gentleman’s Guide to Love & Murder’(『紳士のための愛と殺人の手引き』)。
ことの始まりは母の死。夫に先立たれ、女手一つで自分を育ててくれた母の葬儀の後、モンティは見知らぬ女性の訪問を受ける。その女性から、亡き母が実は貴族ダイスクイス家の出身で、カスティリア人の音楽家である父と身分違いの結婚をしたため一族から絶縁されたと聞かされる。
なんと自分は爵位継承順位第8位にあるらしい。

モンティはそのニュースを幼馴染のシベラに報せて求婚するが、例え伯爵家の血筋であってもモンティが貧乏であることには変わりがない。お金のない男とは結婚しないとシベラはプロポーズを笑って断わり、ついでに、爵位と莫大な財産を相続するには8人が死ななければならないと指摘してやる。
自分と爵位、そして幸福との間に立ちふさがるダイスクイス家の8人。そのうちの一人の死をきっかけに、モンティはこの障害を次々と排除することを企む。母や自分をないがしろにした一族への復讐だ。
と、ここまで聞いたらクラッシック映画マニアは「あ、あれか?」とピンとくるかもしれない。そう、オビ=ワン・ケノービこと、名優アレック・ギネスが1人8役を演じたことでも有名な、1949年の英国映画 ‘Kind Hearts and Coronets’(邦題『カインド・ハート』)である。
同じ小説をもとにしたこの映画でギネスが演じたのは主人公にとって障害となる貴族たち。老いも若きも男も女も、それこそ変幻自在に8人をくっきりと演じ分け、その変身ぶりたるや、さすがオビ=ワン・ケノービ。フォースが違う。
今回、映画同様に主人公に狙われる爵位継承者たちを1人で全役演じるのは、ブロードウェイの名優ジェファーソン・メイズだ。

メイズはギネスのようにジェダイではないものの、一つの舞台で複数のキャラクターを演じさせたら右に出るものはいない。
なんといっても、ピュリッツァー賞に輝いたダグ・ライト作の一人芝居 ‘I Am My Own Wife’ で37人ものキャラクターを演じ分け、その年のニューヨークの演劇賞を総なめした舞台俳優である。10人にも満たないキャラクターを演じ分けるなどお茶の子さいさい。
舞台上で静かに37人を演じた ‘I Am My Own Wife’ がアート系の演じ分けだとすれば、歌もダンスもたっぷりあるコメディミュージカル ‘Gentleman’s Guide’ は運動会系の演じ分け。エドワード朝の英国が誇るエレガントな衣装(リンダ・チョーはこの作品でトニー賞を受賞)に身を包み、ダイスクイス家の一人として舞台に登場して歌って踊ってすったもんだの挙句に殺されたと思ったら、ほんの十数秒後、今度は別のエレガントな衣装に身を包んだ別のダイスクイス家の一人になりきって再び舞台に登場する。そしてまたもや歌って踊ってすったもんだの挙句に殺されていく。
これが繰り返されること複数回。

その変貌はあまりにも早く、あまりにも見事で、まるで手品師が帽子からウサギを次々に取り出すのを見ているかのよう。しかも、そのウサギたちは一羽として同じではないのだからあっけにとられる。(もしトニー賞に衣装替え担当のドレッサー部門があったならば、メイズのこの変貌を可能にしたドレッサーたちは間違いなくトニーを受賞しただろう。)
メイズの絶妙のコメディセンスは、チャーリー・チャップリンやバスター・キートンを思いおこさせ、チャップリンやキートンが銀幕の中ですっ転ぶのを見るたびに大笑いしたように、メイズが舞台上でコロリと死ぬのを見るたびに観客は大笑いして拍手喝采。
この役で2度目のトニー賞にノミネートされたメイズのコメディを引き立てるのは、モンティを演じて仲良く一緒にトニー賞にノミネートされたブライス・ピンカムだ。すまし顔で邪魔者を次々と排除していくモンティをおとぼけたっぷり、軽妙に演じてうまい。

ギルバート&サリバン風の弾むようなリズムの音楽は物語の時代にぴったりマッチし、ミュージカルをオペレッタ色に染める。そこにショパン風のバラードがちらほら混ざり込む。きっちり韻をふんだコミカルな歌詞は、時にラップのように音楽に乗っかってキャラクターの情報を歌でたっぷりと伝えてくる。
仏頂面のダイスクイス伯爵が歌う ‘I Don’t Understand the Poor’ や、モンティに少なからぬ興味を抱くヘンリー・ダイスクイスが歌う ‘Better With a Man’ の滑稽さには思わず吹き出す。
幼馴染のシベラと従姉妹のフィービー、モンティの3人が早口で歌う三角関係の歌 ‘I’ve Decided to Marry You’ は、客席に座る観客たちがつい「一言も聞き漏らすまい!」と舞台ににじり寄ってしまうユーモラスなナンバーだ。
スティーブン・ラットヴァクの音楽と、ラットヴァクとロバート・L・フリードマンの歌詞による楽曲は、合唱の美しさをたっぷりと盛り込み、セリフと歌とをシームレスに繋げていくので見ていて実に心地よい。ジョナサン・チューニクのクラッシックなオーケストレーションは、アンプで増幅されたエレキ音が溢れる最近のミュージカルに慣れていた耳に新鮮に響く。「ひょっとしたら、この作品ではアンティークの真空管アンプを使っているのか?」と舞台裏をのぞいてみたくなるほどだ。
音楽とオーケストレーションもそれぞれトニー賞にノミネート、フリードマンの台本はトニー賞を受賞した。

演出は本作でトニー賞を受賞したダルコ・トレイズネック。主張しすぎないプロジェクション使いが絶妙で、特に、ヒッチコック映画を意識した高い塔やハチの描写は、サスペンスと同時にクサさと笑いを絶妙のバランスで配合して秀逸だ。
古い形式をとりながらもモダンに仕上げられたこの作品には、コメディミュージカルの醍醐味がぎっしりと詰まっていて楽しい。
残念なことに、本作は来年1月にクローズすることが発表された。
ダイスクイス家に起こった悲劇(?)をみたいなら、一刻も早く劇場に急ぐべし!
All Production Photos by Joan Marcus
A Gentleman’s Guide to Love & Murder
The Walter Kerr Theatre
235 W 50th Street, New York, NY
オフィシャルサイト
プレビュー:2013年10月22日
オープン:2013年11月17日
終演:2016年1月17日
上演時間:2時間20分(インターミッション含む)
Credit: Book and Lyrics by Robert L. Freedman; Music and Lyrics by Steven Lutvak; Directed by Darko Tresnjak; Choreographed by Peggy Hickey, Scenic Design by Alexander Dodge, Lighting Design by Philip S. Rosenberg
Cast: Jefferson Mays, Bryce Pinkham, Lisa O’Hare, Lauren Worsham, Eddie Korbich, Joanna Glushak, Don Stephenson, Jeff Kready, Jane Carr, Pamela Bob, Mark Ledbetter, Jennifer Smith, Price Waldman, Catherine Walker
2014年のトニー賞授賞式でのパフォーマンス