Theater Review: Fun Home 『ファン・ホーム』

重層的な記憶の表現が素晴らしい!

アイズナー賞受賞のグラフィック・メモワール原作、トニー賞5部門受賞の新ミュージカル Fun Home

仰向けに寝っ転がる父の足の裏を自分の腹にあてがい、父の大きな手に自分の小さな手を組み合わせる。父が足を垂直に上げると、その足の裏にくっついた自分の腹が四肢を引っさげて宙に浮く。胃のあたりでバランスをとったら、父の手を離して両腕をぐいっと横に広げる。床からせいぜい1メートルの高さを飛ぶ「飛行機」の出来上がりだ。

子どもの頃にやったこの「飛行機」遊びが象徴的に使われるのが、今年のトニー賞でミュージカル部門作品賞を含む5部門を受賞した‘Fun Home’。同じタイトルを持つアリソン・ベクダルのグラフィック・メモワールを元にした新作ミュージカルだ。

グラフィック・メモワール、つまり漫画で描いた回想録。‘Dykes to Watch Out For’で知られる漫画家のベクダルが、レズビアンである自分と、ゲイであることを隠して生きてきた父の死について探求した漫画メモワールである。文学的な隠喩と引用に満ち、悲劇を描きながらもユーモアに溢れ、読み終わった後には明るく前向きな気もちになるこの作品は、2006年に発表された秀作だ。ニューヨークタイムズ紙のベストセラーリストに載り、数多くの刊行物において「今年最も素晴らしい本」の1冊に選ばれ、漫画のアカデミー賞として知られるアイズナー賞も受賞した。日本では「ファン・ホーム 〜ある家族の悲喜劇〜」というタイトルで2011年に出版されている。

その秀作を、劇作家で女優のリサ・クロン(‘2.5 Minute Ride,’ ‘Well’)と、作曲家ジニーン・テソーリ(‘Caroline, or Change,’ ‘Thoroughly Modern Millie,’ ‘Shrek The Musical’)がミュージカルにした。

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Judy Kuhn, Oscar Williams, Zell Morrow, Sydney Lucas, and Michael Cerveris

物語が追うのは、アリソンのレズビアンとしての性的な目覚めと、ゲイであることを隠し続けたアリソンの父ブルースの死の謎。自分がレズビアンだと悟った大学生のアリソンが、両親にカミングアウトする。その直後、実は父が長年男性と、時には未成年の若者と関係を持っていたことを知る。その数週間後に父が死ぬ。

アリソンが世界に向かってドアを開け、足を踏み出した途端、クローゼットの中にいた父が人生のドアを閉じる。自分のカミングアウトと父の死は関係があるのか? 自殺なのか? それらが、父の死から20年以上が経過して漫画家となったアリソンが、メモワールを執筆するために過去を回想する、という形で描かれる。

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Beth Malone

この回想の構成と演出が実に素晴らしい。

「父と私は二人とも同じペンシルヴェニアの小さな町で育った。父はゲイ。私もゲイ。父は自殺し、私はレズビアンの漫画家になった。」

アリソンは、こんなふうに早々に物語の結末を観客に知らせてしまう。だがそのおかげで観客は、彼女が9歳の自分を回想し男の子の服を着たがるのを見ても、アリソンの父ブルースの注意が子どもたちや妻ヘレンよりも庭仕事をする青年に向けられるのを見ても、すぐに合点がいく。

メモワール執筆中のアリソンが過去を回想し始めると、次第にアリソンの思考と観客の思考は一体となり、観客も彼女の過去を回想していく。

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ミュージカルの一つ一つの要素すべてが「記憶」や「回想」を思わせる。360度ぐるり、至近距離から観客が取り囲む舞台はまるでアリソンの頭の中。観客たちの中央にある小さな舞台の上には、43歳のアリソン(ベス・マローン)と、9歳のアリソン(シドニー・ルーカス)、そして19歳のアリソン(エミリー・スケッグス)が同時に存在する。その3人が一人の人間であることの違和感はない。

床からぬぅっとせり出しては自在に場所を変え、またぬぅっと沈んでいく家具類は、頭の中に浮かんでくる記憶のよう。それを、時にほの暗くぼんやり、時にビビッドでカラフルに照らす照明も、まだらな人間の記憶のよう。デイヴィッド・ジンの美術とベン・スタントンの照明は、どちらも作品のテーマにマッチし、トニー賞を受賞したサム・ゴールドのよどみのない演出が際立つ。(サム・ゴールドはこの演出でトニー賞を受賞)

また、歌詞のクロンと音楽のテソーリによる、話し、歌うような楽曲はソンドハイムを思わせ、忘れられない記憶のように頭にこびりつく。それでいてこのミュージカルは新鮮な経験である。19歳のアリソンが初めてのセックスの後に歌うChanging My Majorは、セックスの喜びを純粋に表現したセックス賛歌。この曲を歌うアリソンのズロース姿同様にキュートでユーモアに溢れ、この役でトニー賞にノミネートされたスケッグスのパフォーマンスが最高だ。

Fun HomeCircle in the Square Theatre
Emily Skeggs

また、9歳のアリソンが、初めてブッチレズビアンを目にして歌うRing of Chainsも喜びに満ち溢れたショーストッパー。同じくトニー賞にノミネートされたルーカスのパフォーマンスは絶品。

43歳のアリソンを演じるマローンのMapsは、父ブルースの人生は地図上の小さな円の中で完結したことをとらえた切ないナンバーで、父に話しかけるきっかけを探す心情を歌ったTelephone Wireもやるせない。

ブルースの妻、ヘレン役のジュディ・カーンが歌うDays and Daysは、妻として、母親としての役目を果たす日々を過ごしてここまで来てしまったという深い悲しみが胸に響く。

また、子どもたちが作った家業の葬儀屋(家族うちではFuneral Homeを短くしてFun Homeと呼んでいる)のCMソングはジャクソン5を思い出させて明るく楽しい。

クロンとテソーリもこの楽曲でトニー賞を受賞。

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Sydney Lucas, Beth Malone, and Emily Skeggs

このミュージカルが秀でているのは、ゲイであるブルースの葛藤を描きながらも、「だからありのままの自分を受け入れて生きよう!」という説教じみた賛歌にしなかったところだろう。

ブルース役のマイケル・サーヴェリス(TV ‘Good Wife’シリーズ)は、ニュアンスのある演技によってこの難役でトニー賞主演男優賞を受賞した。

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Michael Cerveris

親が知らず知らず子どもに与えるものの中には、人生の宝となるものもあれば重荷になるものもある。

子どもはその両方を背負って大人になるが、大人になって初めて親も一人の人間だったということに気づくのだ。

9歳のアリソンが仰向けになるブルースの上で「飛行機」になる。
すべての子どもはこうして親に支えられ、親の上を飛んでいく。

見終わった後、親と自分の関係について深く考えさせられる1本である。

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Sydney Lucas and Michael Cerveris

All Production Photos by Joan Marcus

Fun Home
Circle in the Square Theatre
235 W 50th Street, New York, NY
オフィシャルサイト
プレビュー:2015年3月27日
オープン:2015年4月19日
終演:オープンエンド
上演時間:100分(インターミッション無し)

Production Credits: Lisa Kron (Lyrics and Book), Jeanine Tesoro (Music), Sam Gold (Direction), Danny Medford (Choreography), David Zinn (Set and Costume Design), Ben Stanton (Lighting Design), Kai Harada (Sound Design), Chris Fenwick (Music Direction)
Cast: Michael Cerveris, Judy Kuhn, Beth Malone, Sydney Lucas, Emily Skeggs, Joel Perez, Roberta Colindrez, Zell Morrow, and Oscar Williams