Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)について語るときにオタクが語ること
かつてスーパーヒーロー映画『バードマン』シリーズで一世を風靡した俳優リーガン・トンプソン(マイケル・キートン)は、ブロードウェイの舞台のプレビュー公演初日を明日に控えている。すっかり落ち目になった今、ブロードウェイで自分の実力と芸術性を証明し、復活しようとしているのだ。
忘れ去られた落ち目の映画スターが手っ取り早くスポットライトを取り戻すには、世間を騒がせるか、テレビのリアリティショウで踊るか、ブロードウェイの『シカゴ』に出演して歌って踊るしかない。
あるいは、ブロードウェイで上演される文芸作品に出演し、演技力を見せつけて本当に実力があることを証明するか。
リーガンは野心的にもレイモンド・カーヴァーの短編『愛について語るときに我々の語ること』を自ら脚色し、演出もすれば出演もする舞台で華々しく復活しようとしていた。

だが、続々と問題が発生する。共演俳優が怪我で出演不能となる。代わりに迎えた才能ある役者マイク(エドワード・ノートン)は扱いが難しく、制御不能となる。リハビリ施設から出てきたばかりの娘サム(エマ・ストーン)とはうまくいかない。ニューヨークタイムズの意地の悪い劇評家は芝居をつぶそうとする。
かつて演じたバードマンはオルターエゴとなって自分につきまとい、耳元でうるさく堕落した言葉を話しかける。
「いったい俺たちゃこんなジメついたとこで何してんだ? やっぱあのリアリティショウに出ときゃ良かったんだよ」
アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の新作Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)(邦題『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』)は、『21グラム』や『バベル』、『BIUTIFUL ビューティフル』といった暗くて重めの作品が多かった彼の初のコメディだ。
落ち目になったかつての映画スターが復活をかけてブロードウェイに挑戦するさまを描いたブラックコメディで、スーパーヒーロー映画を量産するハリウッドへの風刺を散りばめつつ、芸術と愛を手にしようともがく男を描いた内幕もの映画である。

映画の中、異口同音に強調されるのは、世の中には本物のアートと似非アートがあるということ。
ブロードウェイの舞台が我が家だと言わんばかりの代役のマイクも、筆一本で舞台を成功に導いたりつぶしたりできる魔女のようなニューヨークタイムズの劇評家タビサも、そのことを嫌というほどリーガンにつきつける。
ハリウッドのスーパーヒーロー映画はアートではない。そんなもので成功しても本当の俳優としての成功ではない。既にリーガンは嫌という程わかっていることだ。
「昔バードマンだった人」というレッテルをなんとか剥ぎ取り、本物の俳優として観客の愛を得ようともがくリーガンを演じるのは、マイケル・キートン。このキャスティングが絶妙だ。
キートンはもちろん、1989年のティム・バートン監督映画『バットマン』と、1992年の続編『バットマン リターンズ』でブルース・ウェイン/バットマンを演じたまさに「昔バットマンだった人」。彼が主演した『バットマン』こそ、それまでお子様向けとしてしか作られてこなかったスーパーヒーローコミック映画を、大人も楽しめる娯楽大作映画にして見せた最初の作品だ。『Birdman』の中で下等なもの扱いされるスーパーヒーロー映画が現在量産されるようになったのも、『バットマン』の成功があってのこと。『バットマン』シリーズを降りてから、あまり目立った活躍がなかったキートンが、自分の経歴をパロディ化したような役を演じるのだから皮肉が利いている。

そのBirdmanに出演するのが、下等と描かれているハリウッドのスーパーヒーロー映画に実際に出演している役者達というのもかなりブラック。
リーガンの娘サムを演じるのは、The Amazing Spidermanシリーズのエマ・ストーン。降板俳優の代役は2008年のThe Incredible Hulkでブルース・バナー/ハルクを演じたエドワード・ノートンだ。しかも、ウディ・ハレルソン(The Hunger Gamesシリーズ)やマイケル・ファスベンダー(X-Menシリーズ)、ロバート・ダウニー・Jr.(Iron ManとThe Avengersシリーズ)の名前が上がった後に決まるところも芸が細かい。
なんせエドワード・ノートンと言えば、作品の芸術性にこだわって製作側ともめる気難しい俳優として悪名高く、そのせいでハルク役の続投ができなかったという経歴を持つ。(映画The Avengersシリーズではハルク役はマーク・ラファロが演じている。)その彼が、芸術性を云々する気難しいマイク役を演じる。

また、長年チャンスをつかめず、ようやくブロードウェイデビューに漕ぎ着けた女優レスリーを演じるのは、同じく長年チャンスをつかめず、2001年のデイヴィッド・リンチ映画『マルホランド・ドライブ』(Mulholland Drive)でようやく注目を浴びることが出来たナオミ・ワッツ。
ザック・ガリフィアナキス(The Hangoverシリーズ)は、リーガンの親友で芝居のプロデューサーを務める弁護士のジェイクを、いつもの騒々しさを仕舞い込んでストレートに演じ、俳優としての違った側面を見せてくれる。
リーガンの愛人を演じるアンドレア・ライズボロー(『オブリビオン』(Oblivion))の存在感も素晴らしく、ほんの数シーンしか登場しないリーガンの元妻シルビアを演じるエイミー・ライアン(『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(Gone Baby Gone)の演技も絶品だ。ライアンは、そのリアクションで、シルビアの感情ではなく、シルビアが相対するリーガンのもろさや優しさを引き出して観客に見せるのだから思わず唸る。
俳優達のバックグラウンドを利用した意味深でメタな配役や、俳優の実力をさらりと見せる演出からは、イニャリトゥ監督のハリウッドへの批判がじんわり伝わって来る。

映画は、始まりから終わりまで、まるでワンカットでとられたように見せるシームレスな映像が美しい。撮影はシームレスな映像がもはやお家芸となったエマニュエル・ルベツキ。『ゼロ・グラビティ』(Gravity)でのオスカーを受賞した撮影監督だ。
マンハッタン44丁目のセント・ジェームスシアターの狭い舞台裏を縫うように進む映像は、見ているとまるで自分がそこにいるような臨場感を味わえる。つなぎ目の見えない編集とともに、この映画でもオスカーノミネートは間違いが無いだろう。
マンハッタンの道ばたで演奏されているような生々しさを与えるジャジーなドラムの音もスタイリッシュで、タイトルデザインもイカしている。

ところで、実際リーガンのように、ブロードウェイに挑戦して役者としての起死回生をはかったり、その実力を証明しようとする人気俳優やスターは多い。現在もブロードウェイで上演中のミュージカル『シカゴ』のように、古今東西のそんなスター達を客引きパンダ的に迎えてロングランを続けるという、徹底した方針をとって商業的に成功しているプロダクションもある。
だが、映画で描かれているように、リーガンのような演出の経験も脚色の経験も舞台に立った経験も無い落ち目俳優が、自ら脚色した芝居に出演し、演出するという企画をブロードウェイで実現できるかというと、おそらく、実際のブロードウェイのプロデューサーのほとんどは見向きもしないだろう。
映画がにおわせていたように、数百万ドルの私費を投じれば話は別だが、それでもつい、劇場主が客入りを心配する姿を想像してしまう。
この映画はブロードウェイの内幕ものの体裁をとりながら、実は芝居の話ではないのだから、それも仕方ない。
All Photos Copyright : © Fox Searchlight Pictures
Birdman or (The Unexpected Virtue of Ignorance)
邦題:『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡』
MPAA Rating : R
上映時間:1時間59分
監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
脚本:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ニコラス・ジャコボン、アレクサンダー・ディネラリス・Jr、アマンド・ボー
出演:マイケル・キートン、ザック・ガリフィアナキス、エドワード・ノートン、エマ・ストーン、アンドレア・ライズボロー、ナオミ・ワッツ、エイミー・ライアン
US:2014年10月17日より限定公開開始
オフィシャルウェブサイト
日本:2015年3月公開予定
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