Theater Review: War Horse 『戦火の馬』

ビジュアル表現に圧倒される舞台のマジック! 

「お母さん、ほら、わたしの手を触ってみてよ。震えが止まらない!」

客席の明かりが灯ってインターミッションになっても憑かれたように舞台を見つめていた少女が、隣席の母親にそう告げて小さな手を差し出した。母親が両手で包み込んだその手の小刻みな震えは、母親越しにふと目をやったわたしにも見てとれる。

一幕目が終わっただけの芝居に興奮冷めやらぬ少女は、身体の震えを抑えようと母親にしがみつきながら、今見た物語について一心に話している。だが、目の前で繰り広げられたスペクタクルに興奮していたのは何もその少女だけではない。少女のゆうに四倍は生き、もはやめったなことでは驚かないスレたわたしでさえ、こいつはスゴいものを見ているぞと客席で胸を高鳴らせていたのだ。

2008年のオリビエ賞2部門、2011年のトニー賞5部門に輝いたWar Horseは、マイケル・モーパーゴの1982年の児童向け小説を原作にした舞台作品だ。英国デボンの農場で少年アルバートに育てられた鹿毛の馬ジョーイは、アルバートと強い絆で結ばれる。しかし、ジョーイは第一次世界大戦の騎馬隊用軍馬として売られ、フランスに連れて行かれる。ジョーイを探し出すために軍に入隊して戦地に赴いたアルバート少年と、戦火の中で孤立し、敵地で生き延びていくジョーイ。その冒険を描いたのがこの小説だ。

WH-1 by Paul Kolnik

Seth Numrich as Albert

特徴的なのは、アンナ・シュウエルの『黒馬物語』のように、全てを馬が一人称で語っていること。

正直に言うが、この小説を読み始めた途端、わたしは思わず笑ってしまった。1ページ目の第二段落にさしかかるや、馬が一人称で物語を語っていることに気付き、瞬時に馬がひずめでキーボードを叩いている漫画のような図が頭に浮かんだからだ。(だが、安心して欲しい。童心に返って読み進むうちに、その図はあっさり消え去ってしまった。)

もし、原作に忠実にと舞台でも馬に物語を語らせたなら、壇上で馬が言葉を発した途端、芝居はおとぎ話か学芸会になってしまっただろう。しかし、War Horseのクリエイター達が舞台に立たせたのは映画『シュレック』のドンキーのように人間語を話す馬ではなく、全身でその感情を余すところなく伝えてくる実物大のパペットだった。

WH-2 by Paul Kolnik

Jude Sandy (Topthorn) and Prentice Onayemi (Joey)

南アフリカのケープタウンを拠点として活躍するハンドスプリング・パペット・カンパニーによるパペットの馬は、ニッカーポッカーをはいてサスペンダーで吊るした、一昔前の馬丁のような格好をした3人のパペッティア達が操る。

空洞になった馬の胴体の中に2人のパペッティアが潜り込み、前脚と後ろ脚をそれぞれ一人が動かす。残る一人は馬の頭の横に立って口取りをするかのように頭部を動かす。その様はまるで人形浄瑠璃だ。
頭部を動かすパペッティアが顔をさらしているところまで人形浄瑠璃の「出遣い」のよう。文楽同様、明らかに目につく人形遣いの姿は馬が動き出すや観客の目には居ないも同然となり、意識からも消えてなくなる。後に残るのは、いななきや息づかい、口、鼻、脚に胴、そして耳や尻尾に至るまでの細かい動きで感情の細部までを観客にダイレクトに語りかけてくる馬だけだ。

トビー・セズウィックの振り付けにより見事な演技を披露するのは、ジョーイとその友、隆々とした黒馬のトップソーン。むき出しの骨組みと向こうが透けて見える布で作られたこの二頭の馬が、セントラルパークで見かけるどんな馬よりもリアルに見えるのだから、これぞまさに舞台のマジックだろう。

ジョーイが仔馬から一瞬にして大人の馬に成長するシーンには思わずはっと息を飲むし、ジョーイが初めて鋤をひいて大地を耕すシーンにもジョーイの苦労と成果に胸が熱くなる。また、アルバートを乗せて草原を駆けるジョーイの描写は美しく、ジョーイとトップソーンが並んで敵陣に突撃するシーンも圧巻だ。

 

デボンの空を飛ぶ鳥達や、死肉をついばむカラスに、アルバート少年の家族が飼う愉快なガチョウも全てパペットで表現され、特に、コメディリリーフとして登場するガチョウは、セルマ・ラーゲルレーヴの『ニルスの不思議な旅』のモルテンのように雄弁で微笑まずにはいられない。

WH-4 by Paul Kolnik

The cast of War Horse

パペットと同じくらい素晴らしいのが、目の前で繰り広げられるポエティックで時に痛ましくもある舞台美術だ。舞台の上部には、まるでスケッチブックからちぎりとった画用紙のようなペナント形の横断幕がかけられている。そこに、デボンの田園風景や凄惨な戦場の様子が映写されるのだが、それが全て3B鉛筆でスケッチしたかのような素描で表現されるのだ。

芝居にはスケッチが趣味の大尉が登場し、横断幕に映し出される映像はまるで彼のスケッチブックから切り取った一ページのように見える。重要な日付や場所情報も日記や手紙の一ページのようにさらりと映し出され、芝居の雰囲気にぴったりとマッチして秀逸だ。

WH-5 by Paul Kolnik

The cast of War Horse

また、それまでの戦争とは戦い方を大きく変えてしまった第一次世界大戦のおどろおどろしい戦場の描写にも目を奪われる。せり上がる舞台中央の盆を使って表現した塹壕。騎馬隊の行方を阻む有刺鉄線の海。轟くマシンガンの音。特に、走る馬を有刺鉄線がからめ捕るシーンは、観ているこちらの胸に痛みを走らせる。

そして突然現れてはすべてをなぎ倒す戦車。

一目でそれとわかる第一次世界大戦時の特徴的な戦車の形は、骨組みだけで表現されている。その骨組みは、観客にパペットのジョーイやトップソーンの骨組みとの類似性を瞬時に思い起こさせ、それと同時に馬と戦車との明らかな違いも強調する。

それまで目の前で感情や痛みを表現し、魂の存在を見せつけて来たパペットの馬。それを魂など存在し得ない鉄の塊の骸骨のような戦車と対比させ、大量破壊兵器とその登場の恐ろしさを観客の視覚にこれでもかと訴えるのだ。

それをさらに強調するのがどんな戦争映画にも負けない効果音とドラマチックなライティング。

舞台美術のレイ・スミスはこの作品でオリビエ賞とトニー賞を受賞し、照明デザインのポール・コンステイブルと音響デザインのクリストファー・シャットはそれぞれトニー賞を受賞した。

WH-6 by Paul Kolnik

Alyssa Bresnahan as Rose Narracott and Boris McGiver as Ted Narracott

しかし、素晴らしいビジュアル表現に比べて少々残念なのは、舞台に登場する人間達だ。パペットが細やかな演技で表現する馬に比べ、次から次へと登場する人間のキャラクターやそれを演じる俳優が、どうも数段見劣りしてしまうのだ。

特に、ジョーイとトップソーンに巡りあったドイツ軍人フレデリックが、とある行動をとる原作にはないエピソードは、「戦争はよくないもの」という教えを強調するためにとってつけたもののように思え、わざとらしさすら感じる。

また、そのフレデリックが出会うフランス人の少女、エミリー役を演じる子役は終始叫ぶように台詞を口にするせいで、つい隣のメトロポリタン・オペラ・ハウスで上演されているアンソニー・ミンゲラ演出の『マダム・バタフライ』を思い出してしまい、

「蝶々さんの子どもを演じたあの素晴らしい文楽の人形のように、この役もパペットだったら良かったのに」

と思わずにはいられない。

WH-7 by Paul Kolnik

Peter Hermann as Friedrich Muller and Eliot Villar

さらに、お涙頂戴なラストシーンにも、この『黒馬物語』の戦争編のようなお話がもともと児童文学であったことを思い知らされて少々恥ずかしくなる。もちろん、当然ながら、観客はスイッチを押されたようにそこですすり泣きの声を漏らすのだ。

要所要所で登場してはバイオリンとアコーディオンの音色に乗せてフォークロアソングを披露してきたミュージシャンが、ラストに登場する頃には少々五月蝿く感じられるのは、ひょっとしたらこのお涙頂戴のラストシーンのせいかもしれない。

WH-8 by Paul Kolnik

Liam Robinson and Kate Phaffl

だが、どんなに物語が子ども向きであろうとも、この舞台が観客に体験させるスペクタクルが圧倒的であることに間違いは無い。そう、この舞台はまるでオペラなのだ。オペラが音楽の美しさによって単純な物語を観る者の心の奥深くまで染み込ませ、琴線に触れるように、この芝居はパペットによるビジュアル表現の素晴らしさによって子ども向きの物語を観る者の心の奥深くまで染み込ませるのだ。

劇場からの帰り道、わたしはつくづくと思った。この物語にこれほど感動するなんて、それこそ舞台の魔法としか言いようが無いではないか!

そして決意した。日本に帰ったら必ず文楽を見ようと!
それほどパペットに心動かされた夜だった。

All Photos by Paul Kolnik

<おまけ>
モーパーゴの小説とこの舞台を原作にしたスピルバーグ監督による映画War Horse(邦題『戦火の馬』)が、昨年のクリスマスに全米公開となった。日本での公開は3月2日の予定。
小説、舞台、映画ともに基本的な物語は同じだが、登場する人間達のバックストーリーや描き方はそれぞれに異なるので、それぞれに楽しめるはず。しかし予め警告しておくが、映画にはパペット達は全く登場しない。悪しからず。

War Horse
Vivian Beaumont Theatre
150 West 65th Street (Lincoln Center)
オフィシャルサイト

プレビュー開始:2011年3月15日
オープン:2011年4月14日
クローズ:2013年1月6日(2016年6月24日情報更新)

Credits: Based on a noble by Michael Morpurgo; Adapted by Nick Stafford, In Association With Handspring Puppet Company, Directed by Marianne Elliott and Tom Morris; Costumes & Drawings by Rae SmithSets; Puppet Design, Fabrication and Direction by Adrian Kohler with Basil Jones for Handspring Puppet Company; Lighting by Paule Constable; Director of Movement and Horse Sequences by Toby Sedgwick
Cast: Stephen James Anthony, Zach Appelman, Alyssa Bresnahan, Richard Crawford, Sanjit De Silva, Matt Doyle, Austin Durant, Joby Earle, Joel Reuben Ganz, Ariel Heller, Peter Hermann, Alex Loeffler, Brian Lee Huhn, Jeslyn Kelly, Ian Lassiter, Tom Lee, Jonathan Christopher MacMillan, Jonathan David Martin, Boris McGiver, Seth Numeric, Prentice Onayemi, Behaves Patel, David Pegram, Kate Pfaff, Stephen Plunkett, Leenya Rideout, Liam Robinson, Jude Sandy, Hannah Sloat, T. Ryder Smith, Zach Villa, Elliot Villar, Cat Walleck, Enrico D. Wer, Madeleine Rose Yen

*この記事はNY Niche 2012年1月号掲載記事を加筆修正したものです。

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About Sooim Kim

映画館や劇場内、テレビの前に生息する夜行性ヒト科のメス。知能はチンパンジーよりやや高い。どう猛で群れを作らず、映画、演劇、TV番組等、面白いものを求めてさまよう性質がある。前方に突き出た口から毒性の批評を吐き、時折好んだキャラクターに変身する。機嫌が良いと映画などのワンシーンを再現することが確認されている。

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