福島の原発事故と潜水艦映画、 K-19: The Widowmaker 『K-19』
福島県にある福島第一原子力発電所の事故のニュースを見るたびに、必ず思い出す映画がある。2002年に公開された潜水艦映画 『K-19』(原題 K-19: The Widowmaker)だ。
1961年7月にソ連の原子力潜水艦K-19が北海グリーンランド付近で起こした、実際の事故を元に作られたサスペンス映画で、ハリソン・フォードとリーアム・ニーソンというスターが共演したにもかかわらず、米国内では興行的に大ゴケした映画でもある。
なんせ、ハン・ソロやらインディアナ・ジョーンズやらジャック・ライアンやら、アメリカンヒーロー役を演じ続けてきたフォードが、冷戦時代のソ連軍人を演じるのだ。しかも、フォードもニーソンも終始ボルシチ風味の英語を話す。普通のハリウッド映画なら当然二人とも悪者で、アメリカの観客が喜んで映画館に押し寄せるような映画ではない。
とはいうものの、最初のとっつきの悪ささえクリアすれば、去年『ハート・ロッカー』(Hurt Locker)でアカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグローが描く、骨太な男の世界にすっと入り込んでしまうはずだ。
そして、この映画を一度観れば、今年の3月以降、日本だけでなく世界中に不安をもたらしている福島の原発事故のニュースを聞くたびに、この映画のことを思い出すはずだ。
というのも、映画で描かれる事故と福島の事故がよく似ているから。

映画の時代背景となるのは米ソがトランプの持ち札を比べっこするかのように核競争をしていた冷戦時代。アメリカが原子力潜水艦のミサイルでレニングラードとモスクワを射程距離にとらえ、それに対抗するためソ連でも原子力潜水艦によるミサイル発射テストが急務となる。
ソ連国家首脳部は、真新しい原子力潜水艦K-19の艦長としてボストリコフ(フォード)を任命し、処女航海とミサイル発射テストを命ずる。副長に選ばれたのは、部下からの信頼も篤いポレーニン(ニーソン)。
首脳部からの命令遂行を重んじるボストリコフは、艦と乗組員の安全を重んじるポレーニンと何かと衝突し、部下の信頼を得るのに苦労しながらも、無事にミサイル発射テストを成功させる。
しかし、重大な任務の成功に喜んだのもつかのま、新たな任務に向かう途中、原子炉の冷却システムに問題が発生する。

原子炉は停止させたものの、冷却水漏れのせいで炉を冷やすことができない。現場の声を無視する上層部や工場の怠慢のせいで、あるはずのバックアップ冷却システムも設置されていない。安定ヨウ素剤も放射能防護服も積まれていない。
炉内の温度はどんどん上昇する。
このままでは炉心溶融、果ては核爆発という恐ろしい状況だ。
無線は故障し、モスクワと連絡も取れない。
外部と連絡がとれないまま爆発となれば、一触即発の米ソ関係の中、世界戦争の引き金となる恐れがある。もはや冷却水漏れを修理するしか道はないが、それは修理する乗組員の致命的な被ばくを意味する。
艦内には放射能がどんどん漏れ出し、潜水艦の運命、乗組員の運命、そして祖国と全世界の運命を背負ったK-19の男達は決断を迫られる。

映画は、身の毛のよだつ映像で原子炉事故と放射能の恐ろしさをしっかりと描き、多を救うために犠牲になる命や、自分を犠牲にしようと決断する人間の勇気、そして犠牲を生み出すことを決断せねばならない人間の勇気を浮き彫りにする。
それと同時に、全ての恐怖の源が実は人間にあることも暗示する。
例え実話を元にしていても、映画は所詮作り物だ。しかし、福島原発の中で実際に事故処理に当たっている作業員のことを考えるたびにこの映画で描かれた男達を思い出す。
そして、現在もまだ事故収束の目処がたたない福島原発で、今後英雄と讃えられることになる人間が一人も出ないようにと願ってしまうのだ。
映画は途中、ベートーベンのピアノソナタ「月光」の音色に乗せて、観客の目を原子炉の奥まで連れて行く。
世界的に大人気のテレビドラマ、『CSI』シリーズでおなじみの、内視カメラ風映像で冷却パイプの破損箇所を至近距離で見せ、不気味な青白い光を放ちながら汚染水が漏れ出るのを見せつける。
福島の原子炉内で何が起こっているのか、こんな風に簡単に知ることができればどんなに役立つだろうと思う瞬間である。
K-19: The Widowmaker
監督:キャスリン・ビグロー
脚本:クリストファー・カイル
ストーリー:ルイス・ノウラ
製作:キャスリン・ビグロー、エドワード・S・フェルドマン、シガージョン・サイヴォッツォン
出演:ハリソン・フォード、リーアム・ニーソン、ピーター・サーズガード、クリスチャン・カマルゴ
撮影:ジェフ・クローネンウェス
編集:ウォルター・マーチ
音楽:クラウス・バデルト
配給: Paramount Pictures
US公開日:2002年7月19日
日本公開日:2002年12月14日
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