グリーン・デイの反戦アルバム『アメリカン・イディオット』、ロックオペラになってブロードウェイに登場!
普段よりも若めの観客で埋められた劇場の明かりが落ちると、耳障りなジョージ・W・ブッシュの声が聞こえてくる。
“Either you are with us, or you are with the terrorists.”
「我々の側につかなければ、テロリストの味方とみなす」
思わず顔をしかめるその声明にいくつものテレビ音声が重なり、幕がゆるりゆるりと上がる。
と、目の前に現れたのは、新聞や雑誌の切り抜きがびっしりと貼り付けられた、天をつくような高さの壁。そのあちこちに大小のテレビモニターが埋め込まれ、観客に背中を向けた若者達がチラチラした光を放つ画面を見つめている。
おなじみの歌番組のタイトルを叫ぶライアン・シークレストの声が聞こえ、ストロボのような真っ白いライトが瞬き、ギターの音色がシークレストの声をかき消す。
すると若者が、「アメリカのバカにはなりたくない!(Don’t want to be an American Idiot!)」と暴れるように唄い始める。
そのとたん、わたしの体内でアドレナリンが駆け巡りはじめた。

2003年に勃発したイラク戦争への怒りを元にグリーン・デイが作り上げた反戦コンセプトアルバム「アメリカン・イディオット」(American Idiot)は、ロックオペラと呼ばれている。
そのアルバムを曲順もそのまま全曲使い、さらに最新アルバム「21世紀のブレイクダウン」(21st Century Breakdown)から数曲を加えて作られたのが、ミュージカルAmerican Idiotだ。
既製の曲を使って作ったミュージカルと聞くと、Mamma Mia!のようなジュークボックス・ミュージカルと思うだろうが、この作品はそのカテゴリーには全く当てはまらない。もともとストーリー性を持たせて作られたロックオペラのアルバムが、ようやくあるべき姿になったもの、と言うのが正解だ。
そのロックオペラが描く物語はオペラらしくシンプル。ブッシュ政権時代にアメリカの郊外に暮らす若者たちが、社会や人生に不満を持ち、都会で成功しようと故郷を飛び出す。しかし、ある者は誘惑に負けてドラッグに溺れ、愛を失い、ある者はヒーローになろうとし、夢破れ、最後には故郷に戻る。
テレビや映画で何度も語られたいわゆる負け犬物語で、手あかの跡まで見えそうな陳腐なお話だ。

しかし、オペラの主役はあくまでも美しい音楽であって、「恋に破れた女が狂って死ぬ」というお決まりの物語ではない。
ロックオペラ『American Idiot』の主役ももちろんノンストップで流れるキャッチーでインパクトあるグリーンデイの音楽で、陳腐な負け犬物語ではない。
そして、その音楽を主役の座に押し出すのが最少限に抑えられた台詞と、そのくせしっかりと物語やキャラクターの感情を視覚的に伝えるスティーブン・ホゲットの印象的な振り付け。イラク戦争時の英国連隊に所属する兵隊達を描いた芝居Black Watchでオリヴィエ賞を受賞したホゲットは、不器用な若者のやり場のない怒りやエネルギーと、それとは矛盾する彼らのけだるさ、無気力さをさらりと表現する。
それらを、工事現場の足場のような鉄パイプと切り抜きを貼り付けた壁という、クリスティーン・ジョーンズのシンプルな舞台美術と、テレビモニターが放つ光を効果的に使ったケヴィン・アダムスの照明デザインがさらに引き立てる。(どちらもこの作品でトニー賞を受賞)

グリーンデイの音楽。
それを主役にするために最少限に押さえられた台詞。
印象的な振り付けで視覚的に伝えられる物語と感情。
それを効果的に強調する照明とモニター映像。
その背後に控える美しい舞台美術。
全ての要素が渾然一体となった結果、観客は下手をすればすぐに飽きてしまう物語の陳腐具合など忘れてしまい、聴覚と視覚で物語を感じ始める。
そのバランスは実に絶妙で、このアルバムを舞台化するというアイデアを持ち、グリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングと共に脚本を書いて演出したメイヤーのビジョンには改めて感嘆する。

そして、もうひとつ感嘆するのがセント・ジミー役を演じる役者、トニー・ヴィンセントのカリスマ性だ。
セント・ジミーは物語の主役である若者ジョニーの別人格。田舎から都会に出て来たジョニーを誘惑し、ドラッグに溺れさせるというキャラクターだ。その役を、中性的なセックスアピールと、耳にまとわりつくざらりとしたセクシーボイスの持ち主であるヴィンセントが、中毒性のある魅力を全身からにじみ出しながら演じている。
いやはや、その魅力と言ったらない。半分ハゲで半分モヒカンというパンクなヘアスタイルまでこの上なくセクシーに見え、自分もあの髪型にすればセクシーになれるかもしれない、と観ているこちらを勘違いさせるのだからあっぱれだ。
そんな魅力を放射するセント・ジミーの誘惑に負け犬のジョニーが抗えるはずもなく、ヤクに溺れてしまうのはもはや必然。しかも、ジョニーを演じるのは負け犬役をやらせたらピカイチのジョン・ギャラガー・ジュニアなのだから(本作同様、マイケル・メイヤーが演出したSpring Awakeningのモーリッツ役でトニー賞を受賞)、見るからに蛇ににらまれたカエルというやつだ。

そう思いながら舞台を見ていたわたしは、突然あることに気がついた。出番の少ないセント・ジミーが舞台から姿を消すや、中毒患者に現れる禁断症状のように、客席でそわそわと身悶えしてしまうのだ。
グリーンデイの音楽に血をわかせながらも、心はただひたすらに半ハゲモヒカン頭でセクシーボイスの持ち主の登場を今か今かと待ち望んでいる。
あの半ハゲモヒカンの姿さえもう一度拝めれば!
あの声さえもう一度耳にできれば!
蛇ににらまれたのは何もジョニーだけではなかった。知らぬ間に客席で二匹目のカエルと化したわたしにとって、もはやカエル仲間の負け犬ジョニーのその後などどうでもよい。どうせ負け犬人生に決まっている。
こうして、セント・ジミーに中毒性があることが証明されてしまった。
注:トニー・ヴィンセントは2010年末にセント・ジミー役を降板。カリスマ性あるセント・ジミー役は、グリーンデイのビリー・ジョー・アームストロングやAFIのデイヴィー・ハヴォック、メリッサ・エスリッジが演じ、ブロードウェイデビューを果たしている。なお、ビリー・ジョー・アームストロングは、2011年4月5〜24日まで再度セント・ジミー役で出演予定。
American Idiot
St. James Theatre
246 West 44th St. (Bet. Broadway & 8th Avenue)
オフィシャルサイト
プレビュー開始:2010年3月24日
オープン:2010年4月20日
クローズ:2011年4月24日
上演時間:1時間40分(インターミッション無し)
Credits: Book by Billie Joe Armstrong and Michael Mayer; Music by GREEN DAY; Lyrics by Billie Joe Armstrong; Directed by Michael Mayer; Choreographed by Steven Hoggett; Scenic Design by Christine Jones; Lighting Design by Kevin Adams; Costume Design by Andrea Lauer; Music orchestrated by Tom Kitt; Music arranged by Tom Kitt; Sound Design by Brian Ronan; Video/Projection Design by Darrel Maloney
Cast: John Gallagher Jr. (Johnny), Stark Sands (Tunny), Michael Esper (Will), Rebecca Naomi Jones (Whatshername), Christina Sajous (the Extraordinary Girl), Mary Faber (Heather) and Tony Vincent (St. Jimmy)
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