Theater Review: Brief Encounter 『ブリーフ・エンカウンター』

愛の波にのまれるシアター体験!

英国のKneehigh Theatreが舞台化したデイヴィッド・リーンのクラッシック映画『逢びき』

小説や映画を原作にして作られた舞台を見ていると、原作に対する作り手の愛情をひしひしと感じることがある。

昨年末、ブルックリンのDUMBOにある昔のスパイス工場を改装した劇場、St. Ann’s Warehouseで見たBrief Encounterもその一つだ。英国コーンウォールを本拠地とするシアターカンパニーのKneehigh Theatreが、ロンドン、サンフランシスコに続いて期間限定で上演した作品である。

Brief Encounterというタイトルからおわかりのとおり、デイヴィッド・リーンが1945年に監督したクラッシック映画『逢びき』を元に作られた芝居である。映画『逢びき』は、1936年のノエル・カワードの一幕ものの戯曲『静物画』を映画化したもの。原作者のカワードが脚本を書き、製作した。

Kneehigh Theatreの芸術監督を務め、本作の脚色、演出をしたエマ・ライスは、映画『逢びき』とノエル・カワードをこよなく愛しているのだろう。この作品を見ていると、彼女の愛情が波となってひたひたと足下に打ち寄せてくるのを感じる。

その波は芝居が進むにつれ次第に高くなり、力強い引き波となっていつしか見る者を客席から舞台の世界へとさらって行く。そして波に包まれた観客は、翻弄されながらもなんとも言えない心地よい感覚に陥るのだ。

そう、まるでこの物語の主人公、夫と2人の子どもに囲まれた幸せな家庭を持つ平凡な主婦ローラと、既婚者で医師のアレックが、突然道ならぬ恋の波に飲み込まれてしまったように。

その波が、今月とうとうブロードウェイに到達する。
9月10日からプレビュー、同月28日オープンの予定で上演されるのだ。

BE-1映画『逢びき』は、ロバート・クラスカーが撮影した白黒の美しい映像と、全編を流れるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が印象的ななんとも狂おしいロマンチックな映画で、特にオープニングが象徴的で美しい。

物語の舞台となる駅を蒸気を吐き散らしながら汽車が通過する。
その映像に重なって「ターン、ダーン、ターン、ダーン」という鐘を思わせる重厚なピアノの和音が鳴り響く。

そしてその後、オーケストラが奏でるラフマニノフのドラマチックで官能的な旋律が続き、夫以外の男性を愛してしまったローラが、ことの始まりと終わりを夫に告白してゆく。

この映画は1946年に開催された第一回カンヌ国際映画祭で当時の最高賞であるグランプリを受賞し、アカデミー賞にも3部門でノミネートされた。製作されて65年を経た今でも数多くの人々から愛されている作品で、ラジオ劇やオペラにもなっている。

ビリー・ワイルダーがこの映画にインスパイアされて映画『アパートの鍵貸します』を作り、不倫する恋人達に逢瀬の場所を提供する男の物語をコミカル且つほろ苦く描いたのは有名な話。

ロバート・デニーロとメリル・ストリープ主演の1984年の映画『恋におちて』も、ニューヨーク郊外で暮らす既婚男女の恋愛を描いた物語で、『逢びき』を大いに意識して作られたものだ。

その『逢びき』を、映画の雰囲気を壊すことなく、新鮮で大胆な演出によって観客が新しいシアター体験ができるようモダンな舞台にしてみせたのが、エマ・ライスのBrief Encounter

この作品で何よりも特筆すべきは、この芝居が舞台であると同時に映画でもあるという点だろう。
わかりやすく言い換えれば、この作品を見た観客は、舞台を見ながらも映画を観ているような不思議な感覚になるということ。

そのために仕組まれた演出は非常に巧みだ。
劇場に到着した観客はまず、ホテルのベルボーイのような古めかしい衣装に身を包んだアッシャー達に出迎えられる。彼らは楽器を演奏し、ノエル・カワードの書いた古めかしい軽快な曲を陽気に歌っている。

舞台にはこれまた古めかしい鮮やかな緋色の緞帳が垂れ下がり、木製のトレイを首からぶら下げた売り子が今にも「おせんにキャラメル、さきいかに酢昆布!」と大声を張り上げながら客席を縫うように売り歩きそうな雰囲気がただよう(しかも、実際にキャンディ売りは劇中に登場する)。

劇場が暗くなり、アッシャー達が手にした懐中電灯をぐるぐる回し始めると、舞台に現れたスクリーンになにやら白黒の映画が映し出される。ふと気付くと、客席前方に座る30年代風の衣装に身を包んだ二人の男女が言い争いをしている。二人は立ち上がり、男性と言い争っていた女性は舞台にのぼり、舞台上のスクリーンの中へと消えて行ってしまう。

と思ったら、女性の姿は2-Dの白黒と変化し、スクリーン上に現れるのだ。

そう。主人公達は、舞台上に設置されたスクリーンに映し出される白黒で2-Dの映画の世界と、カラーで3-Dの舞台の世界を自由に行き来する。

スクリーンに映写されるのは、まるで映画『逢びき』のように白黒で撮影されたローラとアレックの映像と、彼らの内なる感情を象徴する映像。それらが、舞台上で生身の人間達によって繰り広げる物語に沿って映し出され、揺れ動きながらも二人が恋の波に飲み込まれていく様子を、見る者の視覚に直接訴えながら描いていく。

そして、観客の意識から映画と舞台の境界をいとも簡単に消滅させ、劇場にいる者全てを映画『逢びき』の世界に連れて行ってしまうのである。まるで波がさらっていくかのように。

それを助長するのは、ローラとアレックのテーマ曲と言っても過言ではない、水の流れを思い起こさせるラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の旋律。

しかし、この作品が描いているのは狂おしいローラとアレックの恋だけではない。先ほどまでノエル・カワードの軽快な曲を歌っていたアッシャー達は、舞台上では駅で働く2組の男女に早変わりし、地に足ついたより自由な恋愛模様をコミカルに見せてくれるのだ。

ローラとアレックの道ならぬ恋と、駅で働く男女の自由な恋。1930年代という時代を背景に、対照的に描かれた二つの恋を見せられた現代に生きるわたしは、己の心に従って生きることについて深く考え込んでしまった。

そして、さらわれた波から息も絶え絶えに生還したローラに、夫が告げるある言葉。
ラフマニノフのメロディと共に、それが耳に残って離れない。

Photos by Steve Tanner

Brief Encounter
St. Ann’s Warehouse
38 Water Street (at Dock Street), Dumbo, Brooklyn
オフィシャルサイト
上演期間:2009年12月2日〜2010年1月3日
上演時間:1時間35分

ブロードウェイ公演
Studio 54
254 West 54th Street (Bet. Broadway & 8th Avenue)
オフィシャルサイト
プレビュー開始:2010年9月10日
オープン:2010年9月28日
クローズ:2011年1月2日 (2016年6月24日情報更新)

Credit: By Noël Coward; adapted and directed by Emma Rice; originally produced by David Pugh, Dafydd Rogers and Cineworld; sets and costumes by Neil Murray; lighting by Malcolm Rippeth; projection design by Gemma Carrington and Jon Driscoll; music by Stu Barker; sound by Simon Baker; assistant director, Simon Harvey; produced by Paul Crewes. A Kneehigh Theater production

Cast: Hannah Yelland (Laura), Tristan Sturrock (Alec), Joseph Alessi (Fred/Albert), Dorothy Atkinson (Beryl), Annette McLaughlin (Myrtle), Stuart McLoughlin (Stanley), Daniel Canham (Bill/Ensemble) and Eddie Jay and Adam Pleeth (Musicians)

*NY Niche 2010年9月号掲載記事を改訂の上転載

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About Sooim Kim

映画館や劇場内、テレビの前に生息する夜行性ヒト科のメス。知能はチンパンジーよりやや高い。どう猛で群れを作らず、映画、演劇、TV番組等、面白いものを求めてさまよう性質がある。前方に突き出た口から毒性の批評を吐き、時折好んだキャラクターに変身する。機嫌が良いと映画などのワンシーンを再現することが確認されている。

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