Theater Review: A View From the Bridge 『橋からの眺め』

まるでイタリアン・オペラ! アーサー・ミラーの『橋からの眺め』

去年の夏、ヒュー・ジャックマン主演の『ウルヴァリン:X-Men Zero』でウルヴァリンの兄貴を演じた俳優リーエフ・シュライバーは、舞台に立たせると凄まじい存在感を見せつける。

キャラクターに芝居とは思えないリアルさを与えるのはもちろんのこと、キャラクターの存在感を劇場の隅々までビンビンと到達させて観るものを圧倒してしまうのだ。

2005年にブロードウェイでリバイバル上演されたデイヴィッド・マメットの『グレンギャリー・グレン・ロス』(Glengarry Glen Ross)でも、その2年後に上演された『トーク・ラジオ』(Talk Radio)でも、シュレイバー演じるキャラクターのリアルさと存在感は見ていて鳥肌が立った。

その彼が今、ブロードウェイで上演中のアーサー・ミラーの『橋からの眺め』でエディ・カルボーンを演じている。これを見逃す手はない。

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Jessica Hecht as Beatrice and Liev Schreiber as Eddie

舞台は1950年代のニューヨーク、ブルックリン。

タイトルの「橋」とはブルックリン・ブリッジのことだ。その下のイタリア系移民が多く住む地域で暮らす港湾労働者のエディは、両親を亡くして孤児となった姪のキャサリンを妻ベアトリスとともに手塩にかけて育て上げてきた。

そこに、不景気で仕事の無いイタリアからベアトリスの従兄弟マルコとロドルフォ兄弟が仕事を求めてやってくる。密入国だ。

同じような苦労を経てアメリカに渡り根付いてきたイタリア系移民にとって、密入国者を匿い助けてやるのは名誉あること。逆に密入国者を移民局に密告することほど人間として軽蔑される行為はない。イタリアで飢える妻子に仕送りするマルコと、アメリカでの新生活に希望を抱くロドルフォを、エディは家に匿ってやる。

ところが、エディは自分でも気付かないうちにキャサリンに対して保護者としての愛情以上のものを抱き、執着するようになっていた。そして、キャサリンがロドルフォと親密になるにつれ嫉妬心を燃やすようになる。押さえられない激情と、それでもそれを押さえつけようとする理性の狭間で揺れ動き、葛藤しながらもエディは悲劇の結末へと突き進んでいく。

そのエディを演じるのがリーエフ・シュライバーだ。対するキャサリンを演じるのはこれがブロードウェイ・デビューとなるスカーレット・ヨハンソン。

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Scarlett Johansson as Catherine and Jessica Hecht as Beatrice

ここで正直に言ってしまおう。最初にこのキャスティングを聞いたとき、わたしは作品の出来におおいに不安を覚えた。果たして、ヨハンソンにシュライバーの相手役ができるのか? 過去にブロードウェイの舞台に挑戦し、舞台上で所在なさげな姿をあらわにしたハリウッドスターの顔が脳裏に浮かんでは消える。デンゼル・ワシントン。ジュリア・ロバーツ。ジュリアン・ムーア。力量が違いすぎてヨハンソンはシュライバーの芝居に喰われてしまい、舞台女優としては再起不能になるのではあるまいか?

ところが、嬉しいことにわたしの心配は取り越し苦労に終わった。ヨハンソンは、自分が舞台の上でどう動いて良いのかわからないスターの一人ではないことをあっさり証明して見せたのだ。

実際にヨハンソンに会った友人によると、ヨハンソンは「10メートル離れていても届いてくるムンムンした色気」を放出するらしい。しかし、舞台でのヨハンソンは、大人の女性としてどう振る舞えば良いのか知らず、自分がかもし出す清らかな色気に気付いていない可憐な17歳の少女であり、おじエディの束縛から逃れて自立を試みる一人の女性でしかない。そして、舞台上でシュライバーと堂々とわたり合うのである。

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Scarlett Johansson as Catherine, Liev Schreiber as Eddie and Morgan Spector as Rodolpho

もう一度正直に言うが、これにはかなり驚かされた。

シュライバーと堂々と対決するもう一人の女優が、エディの妻ベアトリスを演じるジェシカ・ヘクトだ。さすが、映画『サイドウェイ』(Sideways)でマイルズの元妻を演じ、幸の薄そうな雰囲気をただよわせるのが上手いブロードウェイ常連の舞台女優。夫の心の中で何が起こっているのかを、夫本人よりも先に気付き、夫の心の進行方向を修正しようと努力する妻を哀しく演じていて唸らせる。

期待を裏切らないリーエフ・シュライバーは、ここでも存分にその才能を見せつけ、わずかな仕草や表情でエディの心の葛藤を観客に伝える。その姿はまるで火がついているのを知らない炭火を見ているかのようで、決して消えることのない火を心中でくすぶらせ、時にそれを燃え上がらせ、時に煙を出し、周りの者をその火にからめてしまって悲劇の奈落の底に落ちて行くのだ。

また、キャストの素晴らしい演技をさらに引き立てるのが、テナメントが立ち並ぶブルックリンの街を見事に見せたその舞台美術(ジョン・リー・ベアッティ)と照明(ピーター・カックゾロースキー)、そして衣装(ジェイン・グリーンウッド)。特にその舞台美術の美しさには目を見張るものがある。

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Scarlett Johansson as Catherine and Liev Schreiber as Eddie

それらを美しくまとめたグレゴリー・モッシャーの演出は、あきらめねばならない愛、嫉妬、密告、決闘、殺人といったオペラ的なキーワードを含んだ物語をよりオペラ的に見せ、芝居を見終わった後に、フランコ・ゼッフィレッリ演出版のマスカーニのオペラ『カヴァレリア・ルスティカーナ』(Cavalleria Rusticana)を思い起こさせさえするのである。

たぶん、この芝居で『カヴァレリア・ルスティカーナ』の有名な間奏曲に当たるのは、キャスト達の調和のとれた演技ではないだろうか。

ただ、唯一残念だったのが、キャサリンが恋に落ちるイタリアからの密入国者、ロドルフォの頭だ。劇中何度も”He’s blond!”(「彼は金髪だ!」)という台詞が登場するだけあり、ロドルフォがブロンドであることはキャラクターとしても重要なポイントだ。しかし、モーガン・スペクター演じるロドルフォの頭は、どうしても慌てて洗面所で脱色した黒髪にしか見えず、偽物臭さとオキシドール臭さがプンプンただよう。

そのせいで、ロドルフォが唄ったり踊ったり、料理をしたりドレスを作ったりすることを指摘して、「奴は変だ!(ゲイだ!)」とキャサリンの恋心を削ごうとするエディに、あの金髪が偽物だと指摘した方が効果的だとアドバイスしたくてたまらなくなる。

しかし、安っぽい金髪のかつらひとつくらいでこの作品を汚すのは無理というもの。『橋からの眺め』が、今、ブロードウェイで一番見るべきストレートプレイであることは間違いがない。

Photos by Joan Marcus

注1:この芝居は、実際にエディのモデルとなる人物を知っていた人間からミラーが直接聞いた実話が元になっているという。同じく実話を元に港湾労働者の告発を描いた映画に、エリア・カザンの『波止場』(On the Waterfront)がある。ミラーの『みんな我が子』(All My Sons)や『セールスマンの死』(Death of a Salesman)の舞台演出をし、ミラーや作品にトニー賞をもたらした舞台演出家で映画監督のエリア・カザンは、ミラーとも仲が良かった。しかし、1952年にカザンが下院非米活動調査委員会で仲間を告発して以来、二人の仲は変わる。ミラーはマッカーシズムに対する批判を込めて魔女狩りを題材にした『るつぼ』(The Crucible)を書き、カザンは告発者としての自分の立場を擁護するかのように映画『波止場』を作る。そして『波止場』に込められたカザンのメッセージに対するミラーの応えが、この『橋からの眺め』である。

注2:今から12年前、ブロードウェイでリバイバル上演された『橋からの眺め』を観たヨハンソンは、いつか自分もキャサリンを演じたいと願っていたそうだ。マイケル・メイヤーが演出し、トニー賞リバイバル・プレイ部門の作品賞を受賞したそのプロダクションでキャサリンを演じたのは、去年末に急逝したブリタニー・マーフィー。そして、エディを演じてトニー賞に輝いたのは、人気テレビシリーズ『Without A Trace/FBI 失踪者を追え!』でおなじみのアンソニー・ラパリア。このラパリアとヨハンソン、フランシス・マクドーマンドの共演で、『橋からの眺め』が映画化されると発表されたのは2005年2月だったが、残念ながらこの企画は頓挫し、ヨハンソンは5年後にようやく念願のキャサリン役を演じることができた。

 


A View From the Bridge
Cort Theater
138 West 48th Street (Bet. 7th & 6th Avenues)
オフィシャルサイト

プレビュー開始:2009年12月28日
オープン:2010年1月24日
終演:2010年4月4日
上演時間:1時間55分(インターミッションを含む)

Credits: By Arthur Miller; directed by Gregory Mosher; sets by John Lee Beatty; costumes by Jane Greenwood; lighting by Peter Kaczorowski; sound by Scott Lehrer; hair and wig design by Tom Watson
Cast: Liev Schreiber (Eddie), Scarlett Johansson (Catherine), Jessica Hecht (Beatrice), Michael Cristofer (Alfieri), Morgan Spector (Rodolpho), Corey Stoll (Marco), Alex Cendese (Submarine), Anthony DeSando (First Immigration Officer), Antoinette LaVecchia (Mrs. Lipari), Matthew Montelongo (Tony/Submarine), Mark Morettini (Mr. Lipari), Joe Ricci (Mike), Robert Turano (Louis) and Marco Verna (Second Immigration Officer)

*NY Niche 2010年3月号掲載記事を加筆修正

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About Sooim Kim

映画館や劇場内、テレビの前に生息する夜行性ヒト科のメス。知能はチンパンジーよりやや高い。どう猛で群れを作らず、映画、演劇、TV番組等、面白いものを求めてさまよう性質がある。前方に突き出た口から毒性の批評を吐き、時折好んだキャラクターに変身する。機嫌が良いと映画などのワンシーンを再現することが確認されている。

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