アメリカ版素人のど自慢大会、Showtime at the Apolloで虜になったソウルフルなオヤジ

忘れもしない、あれは2004年のことだ。

土曜日の夜はNBCのSaturday Night Liveを見るのがお決まりだったわたしは、その夜もいつものとおりSNLを見て大笑いしたばかり。

チャンネルはそのまま、スナックをつまみながら続いて放送されるShowtime at the Apolloを見るともなしに見ていた。

ご存知のとおり、Showtime at the Apolloはハーレムのアポロ・シアターで毎週水曜日に開催されるアマチュア・ナイトを録画放送したものだ。

平たく言うと「素人のど自慢大会」なのだが、これがどうして、なかなかの芸達者が出場する。

それに加えて、出場者の出来、不出来に観客がシビアに反応するもんだから、見ていて面白い。素晴らしいと観客が判断した出場者は拍手喝采をもらい、良くないと判断されるとブーイングの嵐が吹きすさぶ。

テレビの前に座っているわたしも、出場者の芸がそれほどでもなければ容赦なくチャンネルを変える。

問題のその夜はなかなかの芸達者揃い。
テレビのリモコンに手をのばすこともなく、番組の半分以上は見ただろうと言う頃、黒人男性のグループが上手い歌を披露し終わり、拍手を浴びて舞台の袖に引っ込んで行った。

司会のモニーク(そう、つい最近ゴールデングローブ賞を受賞した、あのモニークだ)が次の出場者を紹介する。

黒人男性グループに送る拍手が続くせいで、名前がよく聞き取れない。

と、舞台袖から男性が現れた。

肩まである薄い髪はべっとりと頭にはりつき、牛乳の瓶の底のような眼鏡はツルの部分が壊れている。着ているパフジャケットは年代物臭が漂い、肩からドでかいラジカセをぶらさげている。

シビアな観客達は、その男性の姿を見るなり一斉にブーイングを始めた。
おもしろがってはやし立てる観客もいる。
わたしの手もリモコンにのびる。

そのオヤジがラジカセを肩から下ろして舞台上に置く。

まるでそれが合図だったかのように、マーヴィン・ゲイの「レッツ・ゲット・イット・オン」のイントロをバンドがポワン、ポワン、ポワンと演奏し始める。

するとそのオヤジは、まるで恋人を抱きかかえてキスするかのようにスタンドマイクを傾け、唄いはじめる。

な、なんということだ!
マーヴィン・ゲイも墓場の中で飛び上がるほどの、そのソウルフルな唄いっぷり!

アポロ・シアター中の観客も一瞬にして座席から立ち上がり、スタンディング・オベーションを贈る。

テレビの前のわたしもリモコンにのばした手をひっこめ、ソファーからずり落ちそうになる。

それほどその歌声は衝撃的だったのだ。

以来、時折「あのオヤジはどうしているのだろう。もう一度あの日の放送を見たいな」と考えたもんだが、インターネットで検索しようにも名前の切れ端すら記憶にひっかかっていない。

時折、あのおっさんの姿を思い出してはため息をつくしかなかった。

そんなある日、全く関係のないYou Tube動画を見終わったわたしは、「関連動画」として紹介される小さいサムネイルの中に、なんだか見覚えのある男性の姿を発見した。

「も、もしや?」

間違いない。
それはあの日のおっさんの動画だったのだ。

いや、百聞は一見にしかず。
なぜわたしが5年以上も恋いこがれていたか、どうぞこちらからご覧あれ!

彼の名はブラッド・プラウリー。
現在はスーパー・バッド・ブラッド(Super Bad Brad)と呼ばれていて、ググるとwikiのページまである。

カラオケマンと呼ばれていた時期もあり、2003年にはアドルフォ・ダーリン(Adolfo Doring)がそのタイトルでショート・ドキュメンタリーを撮影したんだそうだ。

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10歳の時にNYに移り住み、ソウル・ミュージックが大好きで、ドキュメンタリー映画撮影時の2003年で、すでにグリニッジ・ヴィレッジでの街角シンガー暦12年の地元ではかなりの有名人という。

残念ながら、ニューヨークが誇るカラオケマンことスーパー・バッド・ブラッドは現在はマンハッタンで営業していないようだが、You Tubeに上げられている動画から判断するに、2009年の10月にはボストンで唄っていたようだ。

となるとひょっとしたら、もうすぐ古巣のNYに戻ってくるかもしれない。

てことで、この顔にピンと来たら是非足を止めて彼が歌うのを聞いてもらいたい。

そして気前よく、彼の歌声に投げ銭をしてもらいたい。わたしの分まで。

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“You’ll Never Find”

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“What You See Is What You Get”

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