ブロードウェイの劇場に入ると、客席案内係のアッシャーにPLAYBILLという小冊子を手渡される。
今から見る芝居が何幕ものか、インターミッションの有無や長さ、クリエイターや出演者のプロフィール情報や、ミュージカルの場合はミュージカルナンバーのタイトルとそれを歌う役の名前、オーケストラメンバーの名前も載っているプログラムだ。
その他シアター関係の特集記事も数本掲載されているので、プログラム付きのシアター雑誌とも言える。
先日、そのPLAYBILLのウェブサイトで面白い記事を見つけた。舞台俳優達のテレビ出演歴として「必須」だった『ロー&オーダー』(LAW & ORDER)を、『ダメージ』(Damages)は凌ぐことになるのか、という短い記事だ。
ご存知の通り、『ロー&オーダー』は1990年からアメリカのネットワークテレビ局NBCで放映されている刑事・法廷ドラマの長寿番組。『LAW & ORDER:性犯罪特捜班』(Law & Order: Special Victims Unit)や『LAW & ORDER:犯罪心理捜査班』(Law & Order: Law & Order: Criminal Intent)など、オリジナル番組からスピンオフしたものもあり、どのシリーズも息が長い人気番組だ。日本でもCSで放映されている。
この『ロー&オーダー』フランチャイズは全てニューヨークが舞台で、撮影もニューヨークや近郊で行われている。
どのエピソードもたいてい誰かが死体や犯罪を発見するところから始まるので、毎回死体役と発見者役の俳優が必要になる。他にもちょっとした目撃者や通行人、犯人が必要なのだから、この番組の中で死体になったり、死体を発見したり、だれかを死体にしたり、だれかが死体になるのを目撃して俳優として成長してきた役者は多いということ。
オリジナルの『ロー&オーダー』が19年前から放映されていることを考えると、この番組がニューヨークの舞台俳優達にとって、長年ハローワーク的な存在になっていることは簡単に想像がつく。
そのせいか、劇場でPLAYBILLのページをめくって出演俳優の経歴を見ると、たいていがテレビ出演歴として『ロー&オーダー』をあげているのだ。むしろ『ロー&オーダー』に出ていない役者を捜す方が難しいくらいで、たまに、「この人は出ていない」と思ったら、既に成功した俳優だったり、主にイギリスで活躍している俳優だったりする。
そんな裏事情をジョークにしたのが、2005年にブロードウェイでオープンしたコメディミュージカル『モンティ・パイソンのスパマロット』(Monty Python’s SPAMALOT)。
『スパマロット』のPLAYBILLに掲載されている役者たちの経歴は、ミュージカルの内容に相応しくジョークたっぷりに綴られ、出演者クリストファー・シーバー(Christopher Sieber)のプロフィール欄には「シーバー氏は『ロー&オーダー』には出演していません」との一文があり、隣席に座っていた男性はミュージカルが始まる前から客席で大爆笑していた。
そして、新しいハローワークとして登場したのが、2007年7月からケーブル局のFXで放映が開始されたグレン・クロース(Glenn Close)主演の『ダメージ』(Damages)ということらしい。

主役パティ・ヒューズを演じるクローズが、ニューヨークでの撮影を出演の条件にしたことからもおわかりのとおり、『ダメージ』の舞台と撮影はニューヨーク。当然のことながら、ニューヨークの俳優達に仕事の口をたっぷり提供している。
1980年代の初めからブロードウェイの舞台に立ち、2005年の『ピローマン』(The Pillowman)や2006年の『軍事法廷/駆逐艦ケイン号の叛乱』(The Caine Mutiny Court-Martial)で存在感を見せつけたジェリコ・イヴァネク(Zeljko Ivanek)は、『ダメージ』では弁護士レイ・フィスクを演じている。
最近では2004年の『特急二十世紀』(Twentieth Century)や『十二人の怒れる男』(Twelve Angry Men)でブロードウェイに登場したベテラン舞台俳優トム・アルドリッジ(Tom Aldredge)はアンクル・ピート役だ。
エレンの母親役で数回登場したデボラ・モンク(Debra Monk)もニューヨークの舞台で活躍する大女優だし、リバイバル ミュージカル『シカゴ』のオリジナル ビリー・フリンだったジェームス・ノートン(James Naughton)はパティの友人役で登場して、歌まで披露してくれた。(次に登場するときは踊ってくれるかもしれない。)
シーズン2で大会社の顧問弁護士を演じたマーシャ・ゲイ・ハーデン(Marcia Gay Harden)も舞台経験豊富で、今年のトニー賞ではGod of Carnageでの演技でストレートプレイ部門主演女優賞を受賞したばかり。
しかし、『ダメージ』に出演する舞台俳優達は『ロー&オーダー』とは少々様子が違う。
アメリカでは来年の1月から放映が始まる、シーズン3に登場予定の舞台俳優達の名前を見てみると、それが浮き彫りになってくる。
キャンベル・スコット(Campbell Scott)にマーティン・ショート(Martin Short)、リリー・トムリン(Lily Tomlin)にキース・キャラディーン(Keith Carradine)。
どれも映画でもおなじみの既に有名な俳優ばかりで、舞台ではメインキャストとしてビルボードに名を連ねる役者たちだ。
どうやら、『ロー&オーダー』はまだ顔の知られていない無名な俳優が、死体としてして顔(死に顔?)を売り、経歴に箔をつける場所で、『ダメージ』は既に顔の知られている有名な俳優が、TVの向こう側に座るより多くの観客にアピールする場所ということか?
なんだかきっちり棲み分けができているようだ。