「ひょっとして90分も無いんじゃないか?」
J・J・エイブラムス監督の『スター・トレック』(Star Trek)を見終わったわたしが時計を見ると、映画はなんと130分近くもあった。
つまりそれほど夢中になって観たということだ。
まるでブラックホールに吸い込まれてしまったように、最初のプロローグから映画の世界にぐぐーっと引きずり込まれる。
いきなりアラームが鳴り響き、なんだかわからないまま、スポックに執念深い復讐心を燃やすロミュラン人のキャプテン、ネロによって窮地に追い込まれたUSSケルヴィン号から映画は始まるのだ。
「ネロ」という名前を聞いただけでローマの皇帝を思い出し、その恐ろしさがうかがえる。その顔に入った刺青もきっと「あいつとこいつにこんな恨みがあるが全部はらしてやる」とロミュラン語で書かれた誓いか、それとも血判書のように見える。
そのネロの宇宙船に乗り込まねばならなくなったキャプテン。
キャプテンに代わってケルヴィン号をしきるカーク。
刻一刻とケルヴィン号の最後が迫る中、カークは今にもお産が始まりそうな自分の妻を含む800人の乗組員の命を救わねばならないのだ。
これだけで1時間のTVドラマになりそうな話。それがたった10分程度で一気に目の前で繰り広げられる。心臓の鼓動は高鳴り、その後に続く冒険物語に期待はパンパンにふくれあがる。
で、その後は?
冒頭の10分から予想される通りの冒険ドラマがジェットコースターのように続くのだ。しかも、オリジナルテレビシリーズ『宇宙大作戦』(Star Trek)のメインキャラクター達が全員若くなってご登場。

既存作品のプリクエルやシークエルを作る場合、オリジナルに出てくる主な登場人物をきちんと出すのがファンへのお約束だが、この映画もそのお約束はきっちり守っている。
カーク船長やスポック、マッコイ、スールー、チェコフ、ウフーラといったおなじみのキャラクターが次々と登場するのだ。
ウフーラなど、オリジナルテレビシリーズが作られた60年代のファッションを彷彿させる超ミニスカートまではかされている。
相変わらず耳に当てなくてはならない「未来でもまだそれ?」という通信機で会話するというダサさが残っているところもニクい。
しかも怪物まで出てくるのだ。
『ザ・グリード』(Deep Rising)からこっち、口の中にさらに口と歯があるタイプの怪物がハバをきかせているが、この怪物もその一味。実を言うと「クローバーフィールド/HAKAISHA」(Clovergield)の残り物を赤く塗っただけに見えなくもないご愛嬌の一匹だが、こいつもJ・J・エイブラムス監督の「お約束」の1つだと思うと思わずにやりとしてしまう。
おまけにちょっぴり「スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲」(Star Wars Episode V: The Empire Strikes Back)のオープニングを思い出させるので、『スター・トレック』ファンと「スターウォーズ」ファンがお互いにライバル意識(?)を持っていることに思いを馳せて、これまたにやり。
しかし何よりも嬉しいのが、わたしが「宇宙大作戦」を見て(と言っても大したエピソード数を見ていないが)いつも不思議に思っていた謎がこの映画でクリアになったこと。
スター・トレックおたくの「トレッキー」の誰かに質問していれば、そんな謎はとっくの昔に解けていたのかもしれない。だがトレッキーは身近におらず、テレビシリーズを中途半端にしか見ていなかったわたしは、カーク船長とスポックとドクター・マッコイがUSSエンタープライズ号のトップスリーであるにもかかわらず、どうしていっつも他の乗組員と船を放置して外に冒険に出かけてしまうのだろうと不思議でたまらなかった。
どこぞの王室やどこぞの企業では、万が一の事故に備えて王様と次の王位継承者、社長と副社長というナンバーワンとナンバーツーは決して同じ飛行機に乗るべからずという掟があると聞く。だが、『スター・トレック』の仲良し3人組はいつも大事な船と部下を放っぽり出して一緒に危険な冒険へくりだす。
しかも、なんだか水筒に見えなくもないカバンだか機械だかを斜めがけにするという、かなり遠足チックな格好で。
もしも3人に何かあったら、船と乗組員はどうなるのだろう?
なにも3人そろって出かけなくても、他の部下を連れて行けば良いのでは?
なんて無責任なリーダーなんだ?
しかし、この映画を見てわかったのだ。パラレルワールドのお話ではあるものの、主な部下達はほぼ全員がいわゆる「同期入社」。しかも、この若者達があのオリジナルテレビシリーズのオヤジ達になるまでは、少なくとも人間時間で20年は必要なはず。しかも、その20年間に人事異動があったようには見えない。
つまり、エンタープライズ号は巨大なグループ企業USS傘下の1つの家族経営中小企業のようなもので、入社したら最後、退職するまでずっと一緒ということ。
ただでさえ毎日一緒なのに、スールーは入社初日にカークと命を助け合うような深い仲になっている。ウフーラにしろ、スコッティにしろ、チェコフにしろ、入社早々にその手腕を披露してカークとの間に密接な信頼関係を築いている。
人事異動の無いクルー達はそれから20年、毎日クサい釜のメシを一緒に食べることになるのだから、後は推して知るべし。
つまり、絶対的な信頼関係があるからこそ、あのトップ3人は安心して好きなときに好きなように遠足に出かけられるのだ。後のことはクルー達に任せておけば、「勝手にエエようにやってくれる」ということなのだろう。
長年の疑問が解けてうれしいわたしだったが、しかし、実は映画を見終わって不満に思ったことが2つだけある。
まず1つは、この映画には『スター・トレック』にはつきもののイソップ寓話的な教訓が見当たらなかったということ。
ひょっとしたら、イソップ的ではないものの「リーダーたるもの、部下は命を賭けて守れ。それができたら遠足に行っても良し」というのが今回の教訓なのかもしれない。
もう1つは、冒頭にも書いたが、映画が短いこと。
映画が終わるやいなや、
「え? もう終わり? もっと見たいのに?!」
と思ってしまうのだ。
『スター・トレック』シリーズたるもの、”Live long and prosper!”(「長寿と繁栄を!」)でなくては話にならない。
そうじゃないだろうか?
Photo © Paramount Pictures
Star Trek 『スター・トレック』
上映時間:1時間58分
監督:J・J・エイブラムス
脚本:アレックス・カーツマン、ロベルト・オーチー
原作:ジーン・ロッテンベリー
出演:クリス・パイン、ザッカリー・クイント、エリック・バナ、カール・アーバン、ゾーイ・サルダナ、サイモン・ペグ、ジョン・チョー、アントン・イェルチン
US:2009年5月8日公開
日本:2009年5月29日公開
日本オフィシャルウェブサイト
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