ナターシャ・リチャードソンを偲んで

2005年ブロードウェイ上演作『欲望という名の電車』(A Streetcar Named Desire)とナターシャ・リチャードソン最後の舞台

 

3月19日(木)の夜8時ちょうどにブロードウェイの劇場街を歩いた人なら、いつものきらびやかな明かりが消えていることに気づいただろう。

その前日にニューヨークの病院で亡くなったトニー賞受賞女優、ナターシャ・リチャードソン(Natasha Richardson)の死に追悼の意を表すため、その夜、全ての劇場の看板からきっかり1分間明かりが消されたのだ。

彼女の突然の死は、数日前のスキーレッスン中の転倒事故が原因。このニュースはわたしにはかなりの衝撃だった。

わたしが彼女の舞台を初めて、そしてそれが最後になってしまうとは知らずに見たのは、2005年の春、ラウンドアバウト・シアター・カンパニー(Roundabout Theatre Company)がリバイバルしたテネシー・ウィリアムズ(Tennessee Williams)の『欲望という名の電車』(A Streetcar Named Desire)の上演時だ。

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Natasha Richardson and John C. Reilly in A Streetcar Named Desire

ナターシャ・リチャードソンが没落した名家出身の南部女性、ブランチを演じ、2007年に『ゴーン・ベイビー・ゴーン』(Gone Baby Goneでオスカーにノミネートされることになるエイミー・ライアン(Amy Ryan)がその妹ステラを、映画『ブギー・ナイツ』(Boogie Nights)や『シカゴ』(Chicago)でおなじみのジョン・C・ライリー(John C. Reilly)が粗野で暴力的なステラの夫スタンリーを演じた。

演出は、この人がするんだったら演目にかかわらず見てみたいと思う英国の演出家、エドワード・ホール(Edward Hall)。(注1)

そして劇場は、1998年にナターシャがトニー賞を受賞した、サム・メンデス(Sam Mendes)演出のリバイバルミュージカル『キャバレー』(Cabaret)と同じくStudio 54。

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Natasha Richardson in Cabaret

サム・メンデス版の『キャバレー』がオープンした頃、わたしはたまたまニューヨークに遊びにきていた。しかし、「今年絶対に見るべきパフォーマンス」とまで評されたナターシャのサリー・ボウルズはチケットの入手が難しすぎて、今ほど観劇に入れ込んでいなかったわたしは早々に見るのをあきらめてしまったのだ。

しかし、『キャバレー』を見たスティーブン・スピルバーグ(Steven Spielberg)が、メンデスを『アメリカン・ビューティ』(American Beauty)の監督に推薦し、メンデスは映画初監督にしてオスカーを受賞することになったと後で知ったわたしは、このときさっさとあきらめてしまったことをかなり後悔した。

パブロフの犬のように、『キャバレー』と言えば山高帽をかぶったライザ・ミネリ(Liza Minnelli)を思い出すわたしが、もしも当時ナターシャの『キャバレー』を見ていたら、その条件反射にどんな影響が出たのか、今となってはわからない。

しかし、エリア・カザン(Elia Kazan)監督の1951年の映画の印象が強烈すぎて、『欲望という名の電車』のブランチとスタンリーと言えば、ヴィヴィアン・リー(Vivien Leigh)とマーロ ン・ブランド(Marlon Brando)しか思い浮かべなかったわたしに、新しいブランチの姿を見せつけたのはリチャードソンだった。(注2)

3年前にStudio 54の舞台に立つ彼女を見てからというもの、わたしの頭の中でのブランチは、二次元で白黒のヴィヴィアン・リーから三次元でカラーのナターシャ・リチャードソンの姿にとって変わってしまったのだ。(だが、スタンリーは相変わらず白黒のマーロン・ブランドのままだったのは、きっと舞台上のジョン・C・ライ リーには「ベッドではすごいんです」という色香が無く、ステラがあれほどまでに狂おしげに夢中になるワケがよく飲み込めなかったからだろう。)

リチャードソンのブランチは、男に対する欲望もあらわに、でも名家出身を思わせる気品も失わず、テネシー・ウィリアムズが戯曲に書いた「蛾を思わせる」というよりはむしろ、もっとはかなげなかげろうを思わせて、なんとも魅力的だったのである。

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Natasha Richardson and Chris Bauer in A Streetcar Named Desire

蒸し暑さで体にまとわりつくシャンパン色のシルクのスリップとナイトガウン。寄ってくる男をそれで絡めとろうとするかのように、ハエとり紙のようにいつも首からぶら下げていじくりまわしている模造真珠のネックレス。

そういえば、映画『セックス・アンド・ザ・シティ』(Sex and the City)でも、ベッドのミスター・ビッグの横に潜り込もうとするキャリーが、寝間着に首からパールのネックレスをぶら下げて 指でいじくりまわしていた。だがその姿は「そんなものをぶら下げてベッドに入るなんて、なんてこの女はアホなんだろう」とわたしに思わせただけだった。

しかし、リチャードソンのブランチがナイトガウンと一緒に身につけたフェイクパールのネックレスには、失われつつある若さや美貌への執着と、生きるために男を求める切なくなるほどの欲望が見え、彼女の指がネックレスをまさぐるほどに悲しみをおぼえたのだ。

そして今は、もう彼女の舞台を見られないのかと思うと悲しみをおぼえる。

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Natasha Richardson and Amy Ryan in A Streetcar Named Desire

ナターシャ・リチャードソンの最後の舞台となったのは、1月12日に行われたスティーブン・ソンドハイム(Stephen Sondheim)を讃える特別ガラコンサート。場所はまたもやStudio 54だ。

この日、ブロードウェイではここ35年上演されていないソンドハイムとヒュー・ウィーラー(Hugh Wheeler)の『リトル・ナイト・ミュージック』(A Little Night Music)が、ナターシャと彼女の母、バネッサ・レッドグレーブ(Vanessa Redgrave)を含む豪華スターキャストにより、コンサート形式で上演された。

この公演はベネフィット公演でもあったため、舞台が見えにくい二階の最後尾席でも150ドルし(しかも、早々に完売)、次に安い席は250ドル、オーケストラ席など500ドルもしていた(コンサートの後に開かれるパーティへの参加券付きは2500ドルだ)。

その日はニューヨークに居ないことがわかっていた上に、コンサート形式のショウにそんなに出すのはバカらしく、しかも、「どうせ次か、その次のシーズンあたりに一部同じキャストで本格的に上演されるのだろう」とタカをくくっていたわたしは早々にパスし、コンサートのことはすっかり忘れ去っていた。

そして届いた突然の死のニュース。

1月のガラコンサートで、彼女は『リトル・ナイト・ミュージック』の中でも一番有名な美しい曲、「センド・イン・ザ・クラウンズ」(Send in the Clowns)を歌ったはずだ。わたしがタカをくくって考えたように、彼女が歌うこの歌をこれから聞くチャンスがあったのならどんなに良かっただろう、とつくづく思う。

そして、残された彼女の夫、リーアム・ニーソン(Liam Neeson)と二人の息子さん、レッドグレーブ家の人々を思うと、心が痛む。

Photo Credit: Joan Marcus

注1: エドワード・ホールは、英国演劇界の大御所、サー・ピーター・ホール(Sir Peter Hall)を父に持ち、男性のみからなるシェークスピア劇団、プロペラ(Propeller)を率いている演出家。プロペラの公演はニューヨークでも大人気で、この5月6日から17日まで、BAM(Brooklyn Academy of Music)にて3回目の公演をする。演し物は『ベニスの商人』(The Merchant of Venice)。BAMの古くて美しいハーヴェイ・シアター(Harvey Theater)で見る古典はまた格別の趣があるので、かなりおすすめだ。詳細はこちら

ニューヨークには行けないという人は是非、7月2日〜12日までの東京芸術劇場でのプロペラの初来日公演を見ていただきたい。日本での演目は『ベニスの商人』と『夏の夜の夢』(A Midsummer Night’s Dream)。詳細はこちら

注2:マーロン・ブランドはブロードウェイの初演時にスタンリーを、ヴィヴィアン・リーはロンドンでの初演時にブランチをそれぞれ演じている。映画版では 二人を含む主要キャストの4人がオスカーにノミネートされ、マーロン・ブランドを除く3人が受賞している。ちなみに、その年の主演男優賞を受賞したのは、 『アフリカの女王』(The African Queen)のハンフリー・ボガート(Humphrey Bogart)だ。

*NY Niche 2009年4月6日号掲載記事を加筆訂正

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About Sooim Kim

映画館や劇場内、テレビの前に生息する夜行性ヒト科のメス。知能はチンパンジーよりやや高い。どう猛で群れを作らず、映画、演劇、TV番組等、面白いものを求めてさまよう性質がある。前方に突き出た口から毒性の批評を吐き、時折好んだキャラクターに変身する。機嫌が良いと映画などのワンシーンを再現することが確認されている。

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