EQUUS 『エクウス』で見るダニエル・ラドクリフの人気と実力とナニと仁王様

果たして、ハリー・ポッターことダニエル・ラドクリフはアメリカで人気があるんだろうか?

ダニエル君のブロードウェイデビュー作『エクウス』(Equus)を観た後、わたしの頭の中はそんな疑問でいっぱいになった。

と言うのも、『ハリー・ポッター』シリーズ人気のおかげでチケットは早々に完売するだろうというわたしの予想は見事に外れ、tktsではほぼ毎日半額チケットが売られているし、当初は無かった学生用の格安ラッシュチケットも10月末から販売が始まったし、ボックスオフィスではなかなかの良席が割引ですいすい買えるし、劇場では空席がポツポツ目立つし、ハリー・ポッターファンと思しき若い観客の数も少ない。

おまけに、わたしが観た11月半ばのある日は芝居が終わった後に舞台上でチャリティオークションが行われたのだが、ダニエル君がロンドンのウェスト エンド公演時から着用しているという1年物の舞台衣装(と言ってもTシャツ)に最初の値段をつけようとする客もなかなか現れなかった。

「僕に恥をかかせないでよ〜」と言うダニエル君の懇願と、オークションを取り仕切る馬役の役者が少々無理矢理に最初の開始値をつけたおかげで、Tシャツはなんとか500ドルの値で競り落とされたが、「競り落とされた」と言うのも恥ずかしくなるくらい、たった4人の観客がそれぞれ一度ずつ手を挙げただけで終わったしょぼいオークションだった。

ダニエル君、実はきみ、アメリカじゃあんまり人気がないんじゃないか?

そんな疑問が頭に浮かんだが、しかし、俳優の真の価値は人気よりも実力だと信じて疑わないわたしにとって、ダニエル君に人気があろうがなかろうがそんなことはどうでも良い。彼が演じる架空の人物の存在を観る者に信じさせることができるかどうかが重要なのだ。

で、問題のダニエル君の実力である。

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ダニエル君が舞台デビュー作に選んだ『エクウス』は、舞台や映画で有名な『アマデウス』(Amadeus)を書いたピーター・シェーファーの1973年作のサイコドラマだ。

舞台はイギリスの田園地方。17歳の少年アラン(ダニエル君)は自分が世話をする6頭の馬の目をつぶすという奇怪で残酷な事件を起こす。

その少年を精神科医のダイ サート(映画ハリー・ポッターシリーズのバーノン・ダーズリー役でダニエル君と共演しているリチャード・グリフィス)が診療し、なぜアランが事件を引き起こすに至ったのか、アランの馬に対する執着の謎とアランの心の内を探っていく。だがそうするうちに、ダイサート自身が自分の中に潜む情熱への渇望と闇と矛盾とに気づかされる。

クリスチャニティ、宗教と儀式、性の目覚め、親子関係、教育、人と社会性について深く問いかける戯曲だ。

芝居にはアランが年上の少女ジルと初めてのセックスを体験しようとするシーンがあり、そのシーンでアランとジルが全裸になるため、初演時もそれがかなり話題になったらしい。

今回のリバイバルでも、まだ未成年のダニエル君が舞台上で全裸になるというので相当騒がれた。

だが、実際の舞台ではダニエル君の全裸よりも、彼とグリフィスがアランとダイサートという架空の人物をいかにリアルに自然に描写するかに目を奪われてしまう。

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二人はまるでレンガ職人がレンガをひとつひとつ積んで家を建てるかのごとく、台詞の一語一語、仕草や視線、息づかいのひとつひとつでもって、演じるアランとダイサートという人物を観客の前で作り上げて行く。

その細かな表現があまりにもリアルなので、舞台装置がでかい箱4個という味気なくて退屈なものでなければ、また、他の役者の芝居がかった大げさな演技がなければ、芝居を観ているということを忘れてしまうほどだ。

だもんだから、舞台上でふるちんになったダニエル君を見ても、揺れるダニエル君のナニよりも揺れるアラン少年の心のほうが気になってしまうというワケなのである。

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しかし、ダニエル君のナニよりも気になったのは二人の素晴らしい演技だけではない。

意外だろうが、それはこの劇場のアッシャーのおばちゃんだった。

この劇場のアッシャーさんは過去に行ったどの劇場のアッシャーさんよりも厳しくて恐ろしい。

お客を席に案内する時に「携帯電話の電源を切りなさい」と釘を刺すのは当然ながら、席について幕が上がるまでの数分間、「そうなんだよ。今からハリー・ポッターのふるちん見るんだよ〜」と友達に自慢の電話をかけている観客を発見するや否や、どこからともなく現れて「すぐに電源を切りなさい」と劇場中に響き渡る声で叫ぶのである。

その声に水を打ったように静まり返る劇場と、カンニングを見つかった小学生のように縮こまっておずおずと携帯の電源を切る件の観客。

アッシャーおばちゃんの陣地である通路に観客が私物を置くのも重罪だ。

ちょっとでもかばんやコートが通路にはみ出していようもんなら、おばちゃんが 突進して来て「ちょっとそこ! コートが通路にはみ出してるよ!」と座席の下にきっちり片付けるように厳しい指導が入る。

インターミッションになるとその恐さは和らぐどころかますます磨きがかかり、「休憩中に使った携帯電話の電源は必ず切りなさい!」と怒鳴って歩き回る。 「プリーズ」の一言もないもんだから、「でないと劇場から追い出すよ」という無言のメッセージは観客にしっかり伝わり、肝心のダニチンを拝む前に劇場を追い出されてはたまらん観客たちは、大慌てで携帯の電源を確認するという案配だ。

二幕目が始まり、お待ちかねのクライマックス、別名ダニチンシーンが始まる。

舞台上ではアランことダニエル君が年上のガールフレンドに誘われて初めてのセックスにおよぼうと厩舎に到着する。

と、オーケストラ席の前から5列目、右ブロック通路近くに座っていたわたしは、後方から忍び寄りひっそりと舞台脇の客席の暗闇の中に立つ怪しい人影に気がついた。

人影は舞台上のダニエル君を立ったままじっと見上げている。
なんだかかなり胡散臭く、ストーカーの臭いがプンプンする。

舞台上のダニエル君が服を脱ぎ始める。
すると、怪しい人影は舞台から観客席へとその視線をついと移し、仁王のようなギョロ目でこちらを凝視するではないか。

「な、なんなんだ? こいつ?」

舞台上でダニエル君がふるちんで走り回る間中、仁王様は観客を睨みつけている。

さあ、もうおわかりだろう。
その仁王様こそ、あの恐いアッシャーおばちゃんだったのだ。

舞台上で全裸になる俳優二人をカメラ付き携帯電話のレンズから守るべく、アッシャーおばちゃんは夜な夜な仁王に変身していたのである。いやはや、それに気づくまでに数分かかったわたしは、ギョロ目の仁王様が気になって気になって、ダニチンを落ち着いて拝むどころではなかったのだ。

おーこわ〜!

Production Photos by Carol Rosegg

EQUUS Broadhurst Theatre
235 W 44th Street(Between Broadway & 8th Ave.)
オフィシャルサイト

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