「憎しみは持って生まれるものじゃない。教え込まれるもの。」
これは1988年に公開された映画『ミシシッピー・バーニング』Mississippi Burning の中に出てくる心に残るセリフだ。
この映画は象徴的なショットから始まる。
MGMのライオンが吠え、ORIONの星が光った後、横に並んだ二つの水飲み場が映し出される。
左のモダンなほうには「WHITE(白人用)」、右の古めかしいものには「COLORED(有色人種用)」という表示がある。
物語は、この人種隔離社会の現実を見せつけた後、ようやく始まるのだ。

1964年のアメリカ南部ミシシッピ州。
3人の公民権運動家失踪事件の捜査のため、FBI捜査官アラン・ウォード(ウィレム・デフォー)がベテラン捜査官のルパート・アンダーソン(ジーン・ハックマン)とともに現地へ派遣される。
規則を重んじる若いウォードと、南部の文化や人間関係を理解するミシシッピ出身のアンダーソンは対立を繰り返しながらも、事件の背後にある組織的な人種差別と暴力の実態に迫ろうとする。だが、町では人種差別が深く根を張り、地元警察や有力者が白人至上主義団体KKK(クー・クラックス・クラン)と結びついていたため、住民は恐怖から口を閉ざし、捜査は難航する。
その事件解明の鍵を握る人物が、保安官補ペル(ブラッド・ドゥーリフ)の妻、ペル夫人(フランシス・マクドーマンド)だった。
だが、夫からの家庭内暴力に苦しむペル夫人もまた、口を閉ざす者の一人。アンダーソンはペル夫人から情報を引き出そうと信頼関係を築いていく。
このセリフは、そのペル夫人がアンダーソンに対して口にするものだ。街では捜査妨害と暴力が広がり、事件が全国的なニュースになる中、ペル夫人がアンダーソンに問う。
“Have you any idea what it’s like to live with all this? People look at us and only see bigots and racists”
「こんな中で生きることがどれほど苦しいか、あなたにわかる? 世間は私たちを、偏見に凝り固まった人種差別主義者だとしか見ていない。」
そしてこう続けるのだ。
“Hatred isn’t something you’re born with. It gets taught.“
「憎しみは、持って生まれるものじゃない。教え込まれるもの。」
さらにこう言う。
“At school, they said segregation was what it said in the Bible, Genesis 9 verse 27. At seven years of age, you get told enough times, you believe it. You believe the hatred. You live it. You breathe it. You marry it.”
「学校では、人種隔離は聖書に書かれていることだと教わった。『創世記』第9章27節にそうあるって。7歳の子どもが同じことを何度も聞かされれば信じてしまう。憎しみを信じるようになる。その憎しみの中で生き、空気のように吸い込み、その価値観とともに一生を過ごすようになる。」
アラン・パーカー監督、ジーン・ハックマン、ウィレム・デフォー、フランシス・マクドーマンドらが出演するこの映画は、1964年6月21日にアメリカ・ミシシッピ州フィラデルフィアで実際に起きた3人の公民権運動家殺害事件を下敷きにしている。
犠牲になったのはジェームズ・チェイニー、アンドリュー・グッドマン、マイケル・シュワーナーという3人の若者で、彼らは、「フリーダム・サマー」運動の一環として、投票権を阻まれていた黒人住民の有権者登録を手伝っていた。
当時のアメリカでは公民権運動が高まっていたものの、現実には人種隔離政策の名残と差別がまだまだ色濃く残り、黒人が投票権を行使することは命がけだった。3人が支援していた有権者登録運動は、差別によって排除されてきた人々に市民としての権利を取り戻そうとする試みだった。だからこそ彼らは標的となり、地元の白人至上主義者らによって殺害され、その事実も隠蔽されようとした。この事件は全米に衝撃を与え、公民権運動を語るうえで欠かせない出来事として記憶されている。
映画は、実際の事件をモチーフにして、それをサスペンススリラーの娯楽作品にしたことや、白人主人公が事件を解決する「救世主」的な描き方をしたことが公開当時から批判されてきた。だが、それでもこの作品が観客に投げかける問いは重要なものだ。
ペル夫人がこのシーンで語るセリフはその象徴で、私がこの映画を初めて見た時も、このセリフによって、差別や憎悪がどのように社会の中で受け継がれていくのかについて深く考えさせられた。
“Hatred isn’t something you’re born with. It gets taught.“
「憎しみは、持って生まれるものじゃない。教え込まれるもの。」
人は周囲の価値観を学びながら育つ。家族や地域社会、学校、メディア、そして時代の空気の中で、「自分たち」と「彼ら」を分ける考え方を身につけてしまう。
アメリカでは現在でもまだ投票所の削減や有権者名簿の整理、本人確認要件の厳格化などをめぐり、黒人やマイノリティの投票機会を制限するのではないかという議論が続いている。
また日本でも近年、外国人や特定の民族、国籍に対する偏見や差別的な言葉が公然と語られる場面が増えている。SNSや街頭演説、日常会話の中でそうした言葉に繰り返し触れていると、それは少しずつ「当たり前のもの」として社会に浸透していく。そうして憎しみや差別が教えられていく。
だが、憎悪や差別が教えられたものなら、理解や共感もまた教えることができるはずなのではないか?
1964年6月21日から62年。
事件の記念日である今日、映画を見返しながら改めて思う。ペル夫人のこの言葉は、警告であると同時に希望でもある、と。
『ミシシッピー・バーニング』
Mississippi Burning (1988)
Rating: R
監督:アラン・パーカー
脚本:クリス・ジェロルモ
製作:フレデリック・ゾロ、ロバート・F・コールズベリー
撮影:ピーター・ビジウ
音楽:トレヴァー・ジョーンズ
編集:ジェリー・ハンブリング
出演:ジーン・ハックマン、ウィレム・デフォー、フランシス・マクドーマンド、ブラッド・ドゥーリフ、R・リー・アーメイ、マイケル・ルーカー、スティーヴン・トボロウスキー、ケヴィン・ダン
US公開日:1988年12月9日
日本公開日:1989年3月11日
Top Image: Screenshot from Mississippi Burning © Warner Bros.

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