「私のことを誇りに思ってくれなくても構わない。だって、やっと自分のことを誇りに思えるようになったから。」
2022年に公開されたダニエルズことダニエル・クワンとダニエル・シャイナート監督コンビの『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』Everything Everywhere All at Once (EEAAO)は、マルチバースを扱うSFアクション映画だ。親子間、夫婦間の不和や葛藤といった普遍的な問題を描きながら、他者への思いやりと自己肯定の大切さについて深い洞察で描いて観客の心をがっつりとつかんだ映画でもある。
中国系移民エヴリン・クアン・ワン(ミシェル・ヨー)は、夫のウェイモンド(キー・ホイ・クァン)と20年前に駆け落ちしてアメリカに移住したが、そのせいで父親ゴンゴン(ジェイムズ・ホン)から勘当されてしまい心に傷を負っている。夫と共にアメリカでコインランドリーを経営し、ジョイ(ステファニー・スー)という娘にも恵まれたが、今や生活に疲れ切り、自分が選んだ人生に疑問を持っている。コインランドリーには税務署の監査が入るし、夫のウェイモンドは離婚申立書を用意しているし、うつ病と闘う娘ジョイとの関係も、エヴリンがジョイの中国系ではないガールフレンドを受け入れることができないせいでギクシャクしている。旧正月のパーティのために厳しい父親が訪ねてきているが、父親を満足させることができるか不安でいっぱいだ。
そんな中、税務監査官のディアドラ(ジェイミー・リー・カーティス)に呼び出されて面接に赴いたエヴリンは、この世の中には多くのパラレルワールドが存在することを思いもしなかった人物から告げられる。人が人生で重要な選択をするたびに別のユニバースが生まれ、全てが繋がっているというのだ。
過去の自分の決断に疑問を持っていたエヴリンは、自分が選んだ人生と、自分が選ばなかった数々の人生というマルチバースを行き来しながら、人生で最も重要なものが何かを新たな目で見つめるようになる。
この映画の中には多くの名セリフが登場するが、中でも忘れ難いのは映画のクライマックスでエヴリンが父親に対して言うこれ。映画の中では広東語で話されているセリフだ。
「私のことを誇りに思ってくれなくても構わない。だって、やっと自分のことを誇りに思えるようになったから。」
你唔中意都唔緊要。哩個就係我。
“It’s okay if you can’t be proud of me. Because I finally am.”
父親から認められることを渇望してきたエヴリンは、その一方で自分が認められたいと望むその父親が希望通りに行動しない自分を切り捨てたという事実の意味に気づく。そのせいで自分が自分自身に誇りを持てなくなっていたことに気づくのだ。そして自分も娘に同じことをしていることにも。エヴリンがこれに気づくのを助けてくれたのがこれまで自分が弱さだと見ていたウェイモンドの優しさだった。
このセリフは親からかけられた呪縛から自分を解放できたとき、人は平穏と幸福を見出し、自分自身に誇りを持てるようになることを教えてくれる。そして優しさの大切さと、優しが持つ強さについても教えてくれるのだ。
この映画は第95回アカデミー賞では11部門でノミネートされ、 作品賞、監督賞、主演女優賞(ミッシェル・ヨー)、助演男優賞(キー・ホイ・クァン)、助演女優賞(ジェイミー・リー・カーティス)、オリジナル脚本賞、編集賞の7部門を受賞するという快挙も達成した。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
Everything Everywhere All at Once (2022)
Rated: R
監督:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
脚本:ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
製作:アンソニー・ルッソ、ジョニー・ルッソ
撮影:ラーキン・サイプル
音楽:サン・ラックス
編集:ポール・ロジャース
出演:ミッシェル・ヨー、ステファニー・スー、キー・ホイ・クァン、ジェイムズ・ホン、ジェイミー・リー・カーティス、ジェニー・スレイト、タリー・メデル、ハリー・シャム・ジュニア
US公開日:2022年3月25日
日本公開日:2023年3月3日
Top Image: Michelle Yeoh in Everything Everywhere All at Once (2022) © A24

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