「ポキプシーで足をほじくったかどでとっ捕まえてやる。」

1971年公開のウィリアム・フリードキン監督映画『フレンチ・コネクション』The French Connection の中で一番有名なセリフと言えば、ジーン・ハックマン演じる麻薬捜査官が繰り返し口にするポキプシーと足にまつわる謎めいたものだろう。

ニューヨークのベテラン麻薬捜査官「ポパイ」ことジミー・ドイル（ハックマン）と、「クラウディ」ことバディ・ルッソ（ロイ・シャイダー）はそれぞれサンタクロースとホットドッグ売りの扮装をしてバーの前で張り込みをしている。二人は逃げたドラッグディーラーを追いかけて捕まえ、路地裏で尋問を始める。

容疑者の目の前でポパイは荒れて怒りまくり、「ポキプシーに行ったことはあるか？」だの「足をほじくっただろう？」と突拍子もないことを言って容疑者を問い詰める。クラウディは興奮する相棒をなだめようとしつつ、ポパイに怯える容疑者に事件に関係する質問を投げかけて情報を引き出そうとする。今では刑事物ですっかりお馴染みになった「グッド・コップ、バッド・コップ（善い警官、悪い警官）」という犯罪者の取り調べによく使われる心理ゲームだ。

この映画を初めて観た時はまだアメリカに旅行したこともなく、ポキプシーがニューヨーク市の北の方に位置する土地の名前であることすら知らずにいた。だが、ポパイが繰り返し口にするこの言葉の響きが良いせいか、ポキプシーという単語はしっかり記憶に焼き付く。そして映画を観てから十数年後のある日のこと。友人宅を訪れようとマンハッタンのグランドセントラル駅からメトロノースに乗っていたとき、列車の車掌が声高らかに「次の停車駅はポキプシー」とアナウンスするのを聞いて突然この映画のこのシーンが脳裏に浮かんだ。窓から見る駅のホームには足をほじくっている男などもちろんいなかったし、「ポキプシーで足をほじくる」（Picking your feet in Poughkeepsie）という言い回しに隠された意味も依然謎のままだったが、のどかな景色を見ながら「ここがあの！」と妙に感慨深くなったもんだ。

そのポキプシーと足にまつわる謎がようやく解けたのは、２年前にScreenRantに掲載されたこの記事を偶然読んだ時のこと。

この映画は1969年に出版されたロビン・ムーアによる同名のノンフィクションを基にした刑事ものアクションスリラーで、エディ・イーガンとソニー・グロッソという実在のニューヨーク市警麻薬捜査官が実際に担当した事件がモデルになっている。ヘロインをインドシナからトルコを経由してフランスへ移し、その後アメリカやカナダへ密輸する「フレンチ・コネクション」と呼ばれる犯罪の仕組みが1930年代に出来上がり、それが1960年代にピークを迎える。なんでも、当時アメリカに出回っていたヘロインの大部分がフランス経由でアメリカの東海岸に到着したらしい。そのヘロインの密輸組織を実際に追っていたイーガンとグロッソがこの映画でアドバイザーを務める。イーガンは取り調べ中に容疑者を混乱させるために実際に「ポキプシーで足をほじくる」（Picking your feet in Poughkeepsie）というフレーズを使い、それを聞いてうろたえた容疑者にグロッソが事件に直接関連した質問をすることで、容疑者に心を開かせて情報を吐かせていたというではないか。彼らの「グッド・コップ、バッド・コップ」の尋問技術がそのまま映画に使われることになった。

つまり、この 「ポキプシーで足をほじくる」（Picking your feet in Poughkeepsie）というフレーズには聞くものを混乱させる以外の意味はとくになく、観客もすっかり当惑し、このフレーズだけが妙に耳に残って名セリフとなったというわけだ。

『フレンチ・コネクション』は、他にもブルックリンの高架線路を暴走する電車をその下の道から車で追いかけるチェイスシーンが有名だ。この映画は第44回アカデミー賞に8部門でノミネートされ、作品賞、 監督賞、主演男優賞（ハックマン）、 脚色賞、編集賞の5部門を受賞した。

その主演男優のハックマンが先日95歳で亡くなったことが報道された。

『フレンチ・コネクション』
The French Connection (1971)
Rating: R

監督：ウィリアム・フリードキン
脚本：アーネスト・タイディマン
原作：「フレンチ・コネクション」by ロビン・ムーア
製作：フィリップ・ダントーニ
撮影：オーウェン・ロイズマン
音楽：ドン・エリス
編集：ジェリー・グリーンバーグ
出演：ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ、トニー・ロビアンコ

US公開日：1971年10月7日
日本公開日：1972年2月12日

Top Image:  Screenshot from The French Connection © Warner Bros.