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Theater Review: Cabaret at the Kit Kat Club 『キャバレー・アット・ザ・キット・カット・クラブ』

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舞台芸術ほど観る者に「今」を強く感じさせるものもない。

今年の4月にブロードウェイでオープンしたミュージカル Cabaret at the Kit Kat Club 『キャバレー・アット・キット・カット・クラブ』を9月始めにようやく観た私は、1930年のベルリンを舞台にしたこの作品にこれほど自分を取り囲む「今」を感じるとは思いもしなかった。

1966年初演のジョン・カンダー作曲、フレッド・エッブ作詞、ジョー・マスタロフ台本のミュージカル『キャバレー』 Cabaret は、英国出身の作家クリストファー・イシャウッドの短編小説『さらばベルリン』 Goodbye to Berlin  (1939)と、それを舞台化した英国の劇作家ジョン・ヴァン・ドルーテンの芝居『私はカメラ』 I am a Camera (1951)をベースにしている。

小説の題材を求めてベルリンにやってきた作家志望のアメリカ人クィアのクリフが、場末のキャバレー「キット・カット・クラブ」でイギリス人ショーガールのサリー・ボウルズと出会う。二人が住む下宿屋のドイツ人家主はユダヤ人果物店店主と恋をする。『キャバレー』は、この二組の男女の関係を追いながら、ナチスの台頭で社会が殺伐とした空気に包まれていく中、登場人物のそれぞれが不安や恐怖にどう対応していくかを描いていく。その狂言回しとなるのがキット・カット・クラブのエムシーことマスター・オブ・セレモニーだ。

『キャバレー』はブロードウェイで過去に4度上演されているが、エムシーは初演時と1987年の再演時にこの役を演じたジョエル・グレイの当たり役となった。グレイは初演時にトニー賞助演男優賞を受賞しただけでなく、1972年にボブ・フォッシーを監督に据え、物語に少し手を加えてライザ・ミネリとマイケル・ヨーク主演で映画化された際も、覗き見趣味的な観察者としてエムシーを演じてオスカーを受賞している。映画はグレイの助演男優賞の他に監督賞、主演女優賞(ミネリ)を含む8部門でオスカーを受賞したので見た人も多いだろう。

また1998年と2014年にサム・メンデス演出で再演された際はアラン・カミングが退廃的で生々しく、絶望的に悲しいエムシーを演じて1998年にトニー賞を受賞している。カミングのエムシーはラストで見せる劇的なメンデスの演出とともに絶賛され、こちらも観客を魅了した。

今回ブロードウェイでは5度目の上演となるこのプロダクションは、2021年のレベッカ・フレックナル演出のウエスト・エンド版をトランスファーしたものだ。ロンドンに引き続きエムシーを映画版『レ・ミゼラブル』 Les Misérables やアカデミー賞主演男優賞受賞作となった『博士と彼女のセオリー』 The Theory of Everything で知られるエディ・レッドメインが演じることが大きな話題となった。

フレックナル演出による今回のレッドメインのエムシーは、グレイの傍観者風エムシーともカミングの絶望的なエムシーとも異なる、これまでになく恐ろしい「今」を象徴するエムシーだった。

August Wilson Theatre Alley, Photo by Emily Andrews

今回のプロダクションは観客がまるで1930年のベルリンにあるキット・カット・クラブにいるような体験ができるよう劇場を大改装したことも注目を集めた。観客が特別なイマーシブ体験ができることを押し出すためか、タイトルも『キャバレー・アット・ザ・キットカット・クラブ』になっている。

52丁目のオーガスト・ウィルソン劇場に到着してセキュリティを通ると、緑色のネオンの目がこちらを睨む劇場脇の通路に案内される。まるで禁酒法時代のバーにでも入るような感覚で狭い通路を通って階段を登ると、入り口でショットグラスに入ったチェリー・シュナップスがふるまわれる。それをくいっと引っかけて劇場に入る。するとそこにはこれまで何度も行った劇場とは思えない、全くの別世界が広がっていた。

各フロアにはそれぞれに意匠を凝らした赤や緑のバーがある。すでにシュナップスでほろ酔い加減の観客はそのバーでさらに追加のアルコールを消費しながらミュージカル開幕の75分前からあちらこちらで始まる「プロローグ」と呼ばれるプレショーを楽しみ、ダンサーやミュージシャンたちのもてなしを受ける(プレショーの演出はジョーダン・フェイン)。

August Wilson Theatre, Photo by Emily Andrews

バーを離れて座席に着こうと進んでいくと、オーガスト・ウィルソン劇場のプロセニアム舞台がごっそり取り払われ、その代わりに小さな円形のステージが中央に設置されているのが見える。それを客席がぐるりと取り囲む。ステージ近くの座席にはグラスが置けるキャバレー・テーブルがあり、ダンサーと話ができる(ということになっている)受話器までついている。トム・スカットのデザインによるこの劇場の改装はとても豪華で特別で、場末のキャバレー感は全くない。

劇場の灯りが暗くなり、特等席にいる観客から注文をとっていたキット・カット・クラブのサービスパーソンたちが引っ込んでオーケストラがドラムロールを打ち鳴らす。するとステージの奈落の底からパーティハットをかぶったエディ・レッドメインが現れる。まるで地底から飛び出てきた悪戯好きの小鬼のように。

Eddie Redmayne as the Emcee
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

「ズンタタ、ズンタタ、ズタタタ、ズンタ!」というお馴染みの「Willkommen」のリズムが鳴ると、レッドメインのエムシーは媚びへつらうような前屈姿勢のまま指をクネクネと動かし、クラブの客に見立てた観客に「悩みは外に置いてこい! 人生に失望した? そんなことは忘れて!」と浮かれたお祭り騒ぎへの参加を促す。そして「 ここには悩みなんてない!ここじゃ人生は美しい。 女の子も美しい! オーケストラだって美しい!」と宣言してキット・カット・ガールズとボーイズを紹介していく。

そのキット・カット・ガールズとボーイズたちはまるで自由奔放が衣装を着ているようだ。彩度を抑え、くすんだ色調でそろえた衣装と、グリッターで隈取った化粧に凝ったヘアスタイルで登場し、それぞれが自分のクィアな個性を祝うように開放的に踊っている。

Eddie Redmayne (center)
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

そして曲の最後には、エムシーから「メイフェアの人気者(the toast og Mayfir)」と紹介されたサリー・ボウルズが、海の泡のような淡い緑色の毛皮とベルベットのコートをまとってキット・カット・クラブの花形スターとして姿を見せる。

Gayle Rankin as Sally Bowles
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

サリー・ボウルズはイギリスからベルリンにやってきたフラッパーなショーガールで、これまでにも名だたる役者たちが演じてきた。今回サリーを演じたのはNetflixのドラマシリーズ『GLOW: ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』 GLOW やHBOの『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』 House of the Dragon でお馴染みのゲイル・ランキンだ。

出し物の「Don’t Tell Mama」を歌うために円形ステージに現れたランキンのサリーはベビードールのようなメイクと衣装を身につけているが、そのルックスとは裏腹に「かわいい」の範疇から外れたところにいる。むしろ不機嫌と言ってもよく、まるでこの歌の歌詞に登場する男性たちや目の前の客たちに挑むようにナンバーを歌う。

Gayle Rankin as Sally Bowles
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

2014年のメンデス版でピンクの下着姿で巨大な椅子に座り、少女っぽさを押し出してこのナンバーを歌うエマ・ストーンのサリーが強く印象に残っていた私は、この曲や「Mein Herr」の引いたようなランキンのパフォーマンスに「おや?」と思わされた。サリーは気ままで、自由奔放で、大した才能がないのに大スターになることを夢見る女性として描かれることが多いが、ランキンのサリーにはどこか諦めたようなシニカルさがある。

男中心社会では女性は常にうまく立ち回ることを求められ、どんなに傷ついても立ち上がって埃を払い、次へと進んで生きていかねばならない。嘗める辛酸が酷ければ酷いほど人はシニカルになっていくものだが、ランキンのサリーはこのシニカルさを持つせいでここに至るまでの過去を感じてとてもリアルだ。それがキャバレーナンバーを歌う挑戦的なスタイルと混ざり合い、サリーをより新しく、現代的な女性に見せる。

サリーがクリフとの生活で訪れるかもしれない幸せにかすかな希望を持って歌う「Maybe This Time」にはサリーの哀愁があふれ、最後に歌うタイトルナンバー「Cabaret」にはパフォーマーとしての彼女の決意が滲み出る。それがサリーの決断をさらに物悲しくするが、どんなに暗い世の中であっても自分の道を歩もうとするランキンのサリーは、現代に生きる女性の共感を呼ぶ。

ちょっとした仕草や台詞回しでニュアンスのレイヤーを重ねてサリーというキャラクターを描いていくランキンのパフォーマンスとフレックナルの静かな演出が効いている。

Gayle Rankin (below) as Sally Bowles and Ato Blankson-Wood (top) as Cliff
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

『キャバレー』は1930年代初期にヒトラー率いるナチスの危険性が増していく中、人々が忍び寄る危険から目を背けて無関心でいることを選んだ時に、それがいかにナチズムを広めることになるかを示唆するミュージカルだが、フレックナルはさらに踏み込んで人々がナチスと共謀していく様子をあぶり出していく。特にナチスの共犯者へと変貌していくエムシーがすさまじい。

それは「Tomorrow Belongs to Me」が登場する頃から明らかになる。ナチズムの台頭を暗示するこの曲は、フォッシー監督の映画版ではヒトラーユーゲントの制服を着た少年が広場で歌い、サム・メンデス演出の舞台版では少年の歌声を録音したレコードで流される。だがフレックナルはこれをエムシーに歌わせる。最近ではオルタナ右翼たちがアンセムとして使っているこの曲をレッドメインが美しくピュアな声で歌い始めた時、私が見た回では客席に一瞬どよめきが起こった。

悪戯好きの小鬼のように登場したエムシーは当初はクラブの観客を楽しませているが、それが徐々にナチス側へとにじり寄っていく。あのくねくねした動きはどこにでも入り込みますという彼の変幻自在性を象徴した動きだ。エムシーの変貌はまるで実社会でファシズムが浸透していくときのように静かに進行し、それを舞台美術も担ったトム・スカットの衣装とガイ・コモンのメイク、そしてサム・コックスのウィッグとヘアデザインが見事に視覚的に表現する。

「Tomorrow Belongs to Me」を歌うエムシーは、これまでつけていたカツラを外して自分のあらわな姿を観客に見せ始める。次に「Money」を歌うために登場した時には戦場の兵士がかぶるような鉄兜をかぶり、骸骨を模したゴスでゴージャスな衣装を着る。この恐ろしさと美しさが融合した衣装に身を包んだエムシーが悪魔のように尖った長い爪をカチカチと鳴らしながら「金さえあれば世界を動かせる」と歌う姿は不気味に美しく、その周りでイザベラ・バードの赤い照明を浴びたキット・カット・ガールズたちがエムシーに操られたようにくるくる踊るシーンは圧巻だ(振り付けはジュリア・チェン)。

Eddie Redmayne (center)
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

まるで若者のように恋をしているフロウライン・シュナイダー(キュートで素晴らしいビビ・ニューワース)とヘア・シュルツ(魅力的なスティーヴン・スカイベル)の微笑ましい中年カップルを祝う和やかな集まりの場で、ナチスが自分たちの輪の中にも入り込んでいることを日常的な些細な仕草を使って劇的に見せつける演出は見事で、観客に息を呑ませる。そして祝い客の一人がナチスに取り入るために「Tomorrow Belongs to Me」を歌い始めた時、エムシーはまるで皆を統率してナチスへといざなうようにこの曲の指揮者となるのだ。

ユダヤ人果物店主ヘア・シュルツの店の窓ガラスが割られるシーンでユダヤ教の結婚式の慣習を使う演出も秀逸で、それをエムシーが黒子的に手助けするせいでその後に続く「If You Could See Her」のゴリラとの求愛ダンスシーンのグロテスクさが増幅する。

外国語訛りで話すヘア・シュルツは自分も同じドイツ国民だ、状況は変わると楽観視することによって恐怖を直視しないことを選び、フロウライン・シュナイダーは愛を諦め頭を低くして我が身を守る決断をする。そのシュナイダーをクリフ(アト・ブランクソン=ウッド)が問いただした時、ニューワースのシュナイダーが「あなたならどうするのですか?」と問い返す歌「What Would You Do?」には心を締め付けられる。ここでは愛ではなく恐怖が勝ち、クリフはここから逃げることができるのだ。

Steven Skybell as Herr Schultz and Bebe Neuwirth as Fraulein Schneider
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

だがこの『キャバレー』で最も恐ろしいのはエムシーが 「I Don’t Care Much」 を歌うシーン。この曲は境遇に打ちのめされ、気にかける気力も情熱も愛も無くした人間の悲しい歌だが、化粧を落として素顔になり、無個性なスーツ姿で「そんなに関心がない、行こうが行くまいが、どちらでもいい」と歌うレッドメインは見るからにナチスの迫害対象から外れるアーリア系ルックスを持つシスジェンダーだ。安全地帯にいる彼がこの歌を歌う姿は、人間性を失い、隣人を助けようとせず、虚無主義と無関心に全てを任せてナチスを後押しし迫害を共謀する人間に映る。

私がこれを見たのが9月の頭、ちょうど関東大震災の記念日の後だったこともあり、歴史を顧みず、反省もせず、危険な方向に向かっていく日本の政治と、その危険性に無関心か、あるいは「誰がやっても変わらない」「自分が何をしても同じ」というニヒリズムに陥っている知人や友人たちの姿が脳裏に浮かんだ。在日韓国人として日本で生まれ育った私は、ヘア・シュルツのように「私も同じ日本国民だ」と言うことができず、彼のように状況を楽観視して逃避することができない。レッドメインの美しい歌声が静かな旋律に乗って劇場にエコーするのを聞いてゾッとするしかない。

Gayle Rankin as Sally Bowles
in ‘CABARET at the Kit Kat Club’ at the August Wilson Theatre.
Photo by MARC BRENNER

ミュージカルの終盤、サリーはスーツを身につける。サリーだけでなく、エムシーも、キットカットガールズもボーイズも全て個性のないスーツをユニフォームのように着ている。それはベルリンが個を殺さないと生きられない社会になっていったことを示す。

スーツ姿のエムシーが最後にもう一度「Willkommen」を歌い、キットカットクラブに来て外のことは忘れましょう、ここで大いに飲んで楽しみましょうと演説のような声で観客を誘うが、この後のドイツがどうなるかを知っている者、この作品に今世界で起こっていることの類似性を感じる者が外の世界を忘れられるはずがない。むしろ享楽的なひとときを誘う全てのセッティングにグロテスクさを感じ、そこまで計算されているのだろうと思うとこの『キャバレー』の新しさと巧みさに唸り、これが今上演される意味を噛み締めざるを得ない。

ミュージカルが終わって劇場から出ようとしたとき、プレイビルの表紙にも印刷され、劇場のあちこちに飾られた「眼」のモチーフに取り囲まれる。監視社会の象徴の「眼」に睨まれながら、「人は悪に立ち向かえるのだろうか?」そう考えさせられた『キャバレー』だった。

Cabaret at the Kit Kat Club
オフィシャルウェブサイト
上演時間:2時間45分(インターミッションを含む)
August Wilson Theatre
245 W 52nd St. New York, NY
プレビュー開始:2024年4月1日
オープン:2024年4月21日

Music by  John Kander
Lyrics by Fred Ebb
Book by Joe Masteroff
Based on ‘I Am a Camera’ by John Van Druten and ‘Goodbye to Berlin’ by Christopher Isherwood
Directed by  Rebecca Frecknall
Designed by Tom Scutt
Choreographed by Julia Cheng
Lighting design by Isabella Byrd 
Sound design by Nick Lidster
With: Eddie Redmayne, Gayle Rankin, Ato Blankson-Wood, Bebe Neuwirth, Steven Skybell, Natascia Diaz, Henry Gottfried

Casting Info for the Roles of Emcee and Sally Bowles
(2025年4月14日情報更新)

2025年3月31日〜7月20日 オーヴィル・ペック & エヴァ・ノブルザダ
2024年9月16日〜2025年3月29日 アダム・ランバート & アウリイ・クラヴァーリョ(終了)
2024年4月1日〜9月14日 エディ・レッドメイン & ゲイル・ランキン(OBC、終了)

Top Photo: Eddie Redmayne as Emcee in Cabaret at the Kit Kat Club
Photo by Marc Brenner

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