2月6日にオフ・ブロードウェイの劇場、NY City Center Stage I でオープンした Brooklyn Laundry 『ブルックリン・ランドリー』は、映画『月の輝く夜に』Moonstruck (1987)でアカデミー賞脚本賞を受賞し、戯曲『ダウト – 疑いをめぐる寓話』(Doubt: A Parable)でピューリッツァー賞を受賞した劇作家ジョン・パトリック・シャンリーの新作だ。
心に傷を持つ中年の男女が思い切って安全地帯から一歩踏み出して新しい愛を見つけるというロマンチックドラメディだが、シャンリーの有名な作品に並ぶものを期待して観るとがっかりすることになる。さらに、これが2024年に発表された新作だということにもびっくりするだろう。
フランはささいなことすらなかなか決断できない。クリーニングしてから返そうと思っていた姉のジャケットも当の姉に死期が迫って寝たきりになってからようやくドライクリーニングする有り様で、レストランで何を注文するかも決められない。ボーイフレンドから「次の段階に進みたい」と言われたのに決断できず、別れることになってしまった。
オーウェンは数年前に交通事故に遭い、事故の怪我で入院中に自分を不当解雇した会社を訴えて示談金を手にし、それを元手にブルックリンで洗濯屋を三店舗経営している。だが事故で腰を傷めて性生活ができなくなったせいで婚約者から「ゴースティング」されて別れ、そのせいで新しい関係に臆病になっている。
この二人がオーウェンの洗濯屋で出会う。
フラン(アメリカNBCテレビの人気コメディ番組『サタデー・ナイト・ライブ』出身のセシリー・ストロング)がいつもより少ない洗濯物を持ち込むと、その日は初めて会うオーナーのオーウェン(Showtimeのクライムドラマシリーズ『デクスター』Dexter で知られる舞台役者のデイヴィッド・ザヤス)が店番をしていた。
オーウェンの店がフランの洗濯物を紛失した話を皮切りに、二人は率直に相手をこき下ろしつつ会話を続け、そのうちなんとなく意気投合してデートの約束を交わす。

Photo by Jeremy Daniel
デートに行くのに勇気づけが必要だったフランは生まれて初めてやってみたマッシュルームでハイになって現れる。それに付き合ってオーウェンもマッシュルームでハイになる。リラックスした二人が心を開き、傷つきやすい自分の脆さを相手にさらして距離を縮める様子はなかなかキュートで共感を呼ぶ。
普段はレストランのメニューすら選べないフランが珍しく「チキンが食べたい」と宣言したのにチキンはメニューにない。「チキンが食べたい」と言い張るフランにオーウェンは「自分の心の中だけに存在するものを選ぶのではなく、目の前のメニューにあるものから選ばないといけない」と諭す。
もちろんこのセリフは劇作家シャンリーがフランの人生の中での選択について比喩的に書いたものだろう。だが、フランには気の毒なことに、シャンリーがフランの人生メニューに用意したものは悲しみと重責ばかりだった。

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フランには姉が二人いるが、ペンシルベニアのトレーラーハウスに住む長姉トリッシュには死期が迫っている。フランに貸したジャケットより、当たり前ながら自分が死んだ後に10歳を筆頭にした二人の子どもがどうなるかのほうが心配だ。別れた薬物中毒の夫はフロリダのどこかでリハビリ中で、万が一の時には「ステップアップ」して父親らしく振る舞うはずだと言うものの、どうやらそう口にするトリッシュ本人すら疑念を持っているようだ。
もう一人の姉スージーも、フランが予想もしていなかった悪いニュースとさらに重いプランを持って現れる。
せっかく良い感じになりかけているオーウェンとの関係に陰を落としたくなくて、フランはスージーの忠告を無視してオーウェンに死が近い姉トリッシュのことを内緒にする。自分の幸せをつかむために家族の不幸よりもオーウェンとの関係を育むことを優先しようとするが、状況はそれを許さないほど切羽詰まっていた。それに飲み込まれたフランはオーウェンとの連絡を絶ってしまう。
*以下、物語の展開と結末に触れています。

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トリッシュは死に、トリッシュの元夫はフロリダでヤクがらみで逮捕され、スージーも末期がんと診断され、スージーの夫も頼りにならないことがわかる。結局フランはトリッシュの子供2人を引き取ることになり、近い将来スージーの子供も引き取ることになる。これがシャンリーがフランに用意したメニューだった。
フランはようやく状況をオーウェンに告げるが、「ゴースティング」された挙句に突然それを知らされたオーウェンが今度は逆にフランを「ゴースティング」する。
フランが初デートで食べられなかったチキンのように、フランの欲しいものは最初からメニューに載っていないのかもしれないと思い始めた頃、この物語はオープニングシーンですでに暗示されていた結末を迎えることになる。
芝居の冒頭、フランは自分の汚れた洗濯物を袋に詰めてオーウェンの洗濯屋に持ち込む。洗濯屋のオーウェンの仕事はそれを秤にかけ、綺麗に洗って乾かして畳んでやることだ。このなんともわかりやすい暗示どおり、フランは自分の抱えた責任をオーウェンのところに持ち込み、オーウェンがそれを秤にかけ、全てを引き受けて解決してやるのだ。
しかも、そのオーウェンにフランが最後に言うセリフが「あなたは男ね、オーウェン」(You’re a man, Owen.)ときた。なんとも古臭いマッチョな価値観を表したセリフに驚く。
ここで秤にかけられている責任というのが、フランがあまり愛情を持っていなさそうに見える、舞台には登場しない子供たちの身の上というのが悲しい。
この物語は「優柔不断で何も決められなかったフランがメニューにあるものの中から責任ある人生を選んだら幸せが訪れた」という心温まるお話しになろうとするのだが、フランが自分の人生を自分で選択したようには見えないせいでそれがどうもしっくりこない(演出はシャンリー自身が担っている)。オーウェンによると、(おそらく甥姪に対するフランの愛情が全く描かれないからだろうが)フランには子供たちをそれぞれの父親に任せる選択肢もあるらしい。だが、逮捕された薬中の父親や、劇中では描写されないがダメ男の太鼓判が押されている父親に子供を任せることをフランの選択肢とされることにむしろこちらは仰天する。
その結果、この一幕劇は、ハッピーエンドと最後のセリフが持つ古臭さい男性観も手伝って「あれよあれよという間に重荷を背負わされたところ、白馬に跨った洗濯屋が重荷ごと抱えて助けてくれた」という話になってしまった。
人生では予期せぬ不幸が突然の重大な決断を迫ってくることはままある。実際、フランに襲いかかった不幸と責務を負うか負わないかの決断は15ヶ月前の私に突然襲いかかったことでもある。こと未成年の子供が絡む場面での大人の「責務を負わない」決断は、子供にとっては考えることすら恐ろしい行末が待っている。その子供の身の上がここでは登場人物の成長や人間関係にゆさぶりをかけるための「道具」として安易に使われるので、自分の個人的な状況とも重なって、その残酷な設定の中途半端な描写と展開、登場人物の言動に違和感とフラストレーションを感じてしまった。

Photo by Jeremy Daniel
出演する四人の役者は皆好演していて、特にフランの二人の姉を演じるロザーノとシグロウスキーは抜きん出て素晴らしい。どちらも1シーンにしか登場せず、しかもロザーノはずっとベットに寝たきりの役なのに目が離せなくなるほど求心力がある。
また、無骨な男をいつも魅力的に演じるザヤスはここでも常に人生の明るい面を見て生きていこうという人物を説得力を持って演じている。全シーンに登場する主役のストロングは糠に釘のようなフラン役にユーモアと暖かさを加味している。
その四人の役者を支えるのがキャラクターを視覚的に表現するスージー・ベンジンガーの衣装と、オーウェンのランドリー、トリッシュのトレーラー、野外レストラン、フランのアパートという4つのセットを見事に細部まで作り込んだサント・ロカストの舞台美術だ。そしてそれらをライアン・マクデヴィットによる照明がよりリアルに照らし出している。
それだけに、芝居の出来がなんとも残念でならない。
Brooklyn Laundry
オフィシャルサイト
上演時間:1時間15分(インターミッション無し)
New York City Center – Stage I
131 West 55th Street (Bet. 6th Ave. & 7th Ave.)
プレビュー開始:2024年2月6日
オープン:2024年2月28日
クローズ:2024年4月14日
Written by John Patrick Shanley
Directed by John Patrick Shanley
Scenic Design by Santo Loquasto
Lighting Design by Brian MacDevitt
Costume Design by Suzy Benzinger
Original Music & Sound Design by John Gromada
Cast: Cecily Strong, David Zayas, Florencia Lozano, Andrea Syglowski
Top Photo: David Zayas (L) and Cecily Strong (R) in Brooklyn Laundry
Photo by Jeremy Daniel

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