1977年8月20日、NASAは太陽系の外惑星系を探査するために無人宇宙探査機ボイジャー2号を打ち上げた。
このボイジャー2号には、地球の生命や文化の存在を伝える音声、音楽、画像と共に、「是非地球へお越しください」という地球外知的生命体へのメッセージが記録されたゴールデンレコード(Voyager Golden Record)が収められていた。
1984年のジョン・カーペンター監督映画『スターマン/愛・宇宙はるかに』(原題:Starman)は、このゴールデンレコードのメッセージを受け取って地球にやってきた地球外知的生命体と、その生命体と出逢った未亡人ジェニーの物語を描いている。『ハロウィン』(Halloween)シリーズや『遊星からの物体X』(The Thing)といったそれまでのカーペンター作品とは一線を画したSFロマンス映画だ。

時は米ソの冷戦時代。「お越しください」と誘われて地球にやってきた宇宙船はあっさりと米軍に迎撃され、ウィスコンシン州マディソンに墜落する。宇宙船に乗っていた地球外知的生命体は近くに住む未亡人のジェニー(カレン・アレン)の家を訪れ、ジェニーの亡き夫スコット(ジェフ・ブリッジス)の遺髪をもとにスコットのクローンとなって、救出船とのランデブーの地、アリゾナ州ウィンズローにジェニーと共に向かうのだ。
レーシングストライプの入ったオレンジ色の77年型マスタングで。
ウィスコンシン州のマディソンからアリゾナ州のウィンズローまでは、車でざっと約1600マイル(約2500km)。不眠不休で運転しても24時間かかる。
当然途中で食事をすることになるが、初めて地球に来たスターマン(ブリッジス)は地球の食べ物などもちろん食べたことがない。そんな彼が、道中立ち寄ったダイナーでホイップクリームが添えられたダッチアップルパイを食べる。その時の反応がこれ。
この役でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたブリッジスのリアクションと、アップルパイを頬張った口をもごもごさせながら
“Dutch apple pie…is terrific!” (ダッチアップルパイ、ものすごくいい!)
と言う姿を見てほしい! この20秒のクリップを見るだけでダッチアップルパイが食べたくなるはずだ。
だがその昔、この映画を見てダッチアップルパイが食べたくて食べたくてたまらなくなった私は困ったことになってしまった。というのも、ダッチアップルパイってどんなパイなのか全くわからなかったからだ。
アップルパイとダッチアップルパイ
アップルパイは近所のケーキ屋さんでも売っていたし、うちでも時々作っていたが、ダッチアップルパイなんて聞いたことがない。
「ダッチってオランダ風ってことだけど、オランダのアップルパイってアメリカのアップルパイと違うの? でもこの映画に出てくるダイナーはアメリカのど真ん中だよね? わからん!」
私が『スターマン』を初めて見た時は、今のようにインターネットでなんでも簡単に検索できる時代ではなかった。だからスクリーンにちらっと映るアップルパイの映像を見て「普通のアップルパイとどう違うのだろう?」と、考え込むしかない。
なんせ当時はくっきり綺麗な4K映像なんて存在しない。レンタルビデオ屋で借りてきたVHSビデオテープを何度も巻き戻し、ぼやけてノイズの入った映像の、しかもホイップクリームで覆われてよくわからないアップルパイが口に運ばれるまでの一瞬を穴の開くほど見つめる。
でもどんなに見つめてもダッチアップルパイとアップルパイの違いはさっぱりわからず、仕方なくいつものアップルパイにホイップクリームを乗せて自分を騙しているうちに、ダッチアップルパイ探しのことはすっかり忘れ去っていた。
それから十数年が経ったある日、ニューヨークに引っ越してきた私は今までに食べたことのないアップルパイに遭遇する。
私がアップルパイ好きだと知った人から「Little Pie Companyのサワークリーム・アップル・ウォールナッツ・パイが美味しいよ」と教えてもらい、早速食べてみることにしたのだ。
Little Pie Companyはブロードウェイの劇場街にほど近い、タイムズスクエアを少し西に行ったところにあるパイ専門店。もちろん伝統的なアップルパイ、つまり、パイ皿にパイ生地を敷き、りんごのフィリングをこんもり入れ、それをさらにパイ生地で覆ってオーブンで焼いたものも売っている。だが、このお店の名物のサワークリーム・アップル・ウォールナッツ・パイは、上にブラウンシュガーとシナモンと胡桃を使ったシュトローゼル生地を乗せて焼いてあった。
見た目はずいぶん茶色くて、とても見目麗しいとはいえない大きなパイを丸ごと買い、家に持ち帰る。一切れカットしたパイの横にホイップした生クリームをたっぷり添え、フォークに大きくとったパイとホイップクリームを乗せてぱくりと食べる。
その途端、私の脳裏に『スターマン』のダイナーのシーンが蘇った!
今まで食べていたクラッシックなアップルパイとは違い、上の茶色い生地がまるでクッキーのようで、甘くて香ばしくサクサクのトッピングが爽やかなリンゴのフィリングと口の中で混ざり合う。絶妙!
おそらく私の表情は、あのシーンのジェフ・ブリッジスのようにぐにょぐにょになっていたはずだ。
「ひょっとしてこれがダッチアップルパイというやつかも?!」
長い間記憶の彼方に追いやられていた『スターマン』のダッチアップルパイ探しのことを突然思い出した私は、急いでパソコンに向かい、アップルパイとダッチアップルパイの違いを検索してみた。
そこでわかったのは、ダッチアップルパイはフィリングの上をパイ皮で覆う代わりに、小麦粉、バター、砂糖を混ぜたポロポロしたシュトローゼル生地(クランブル生地ともいう)をトッピングして焼くということ。
ビンゴ!
やっぱりLittle Pie Companyのサワークリーム・アップル・ウォールナッツ・パイはダッチアップルパイの一つだったのだ!
さらに突っ込んで調べてみたところ、小麦粉やベーキンググッズで有名なキング・アーサー・ベイキング・カンパニー(King Arthur Baking Company)によると、ここでいう「ダッチ 」はオランダのことではなく、アメリカのペンシルベニア・ダッチ・コミュニティーのことだという。なんでも、彼らの伝統的なパイの多くは、パイでフィリングを覆うとき、2枚目のパイ生地を使わずにバター風味のシュトローゼル・クランブルをトッピングするらしい。
長年の(忘れていた)謎が解明しただけでなく、スターマンが初めてダッチアップルパイを食べた時と同じ体験(と表情)ができた私は大満足。
以降、誰かれなくこのダッチアップルパイを勧めることになるのだが、勧めた人の中にはあまりにも気に入って、日本帰国直前に買って土産にする人まで出てきた。
それほどにダッチアップルパイは “Terrific!” なのだ。
Top Image: Jeff Bridges in “Starman”(1984) ©︎ COLUMBIA PICTURES
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