2006年の夏、ブロードウェイの『シカゴ』(Chicago)にスーパースターのアッシャー(Usher)が出演する。
そう聞いたアッシャーのファンではない私は、途端に『シカゴ』をもう一度見たくなった。
アッシャーといえば、キュートなベビーフェイスと仮面ライダーのような六つ割れ腹筋がご自慢のR&Bシンガーだ。歌って踊れるだけじゃなく、各種音楽賞を山ほど受賞し、音楽界の重鎮たちがこぞって共演したがるスーパースター。映画やテレビにも出演している。
そんな彼が、リチャード・ギアが映画版で演じたビリー・フリン役として舞台に立ち、ブロードウェイデビューする。そう聞くと、これはアッシャーのファンじゃなくても「見てみたい!」となっても当然だろう。
ブロードウェイでロングラン中のミュージカル『シカゴ』についてはいまさら解説する必要もあるまい。
モーリーン・ダラス・ワトキンスの芝居をもとに、フレッド・エッブとボブ・フォッシーが脚本を書き、ジョン・カンダー作曲、エッブ作詞、フォッシーが演出・振付した1975年初演のブロードウェイミュージカルだ。主演はグウェン・ヴァードンとチタ・リヴェラで、翌年のトニー賞では11のノミネートを獲得したものの、対抗馬の『コーラスライン』(A Chorus Line)にかっさらわれて無冠に終わったことでも有名な作品でもある。
現在ブロードウェイで上演されているリバイバル版は、1996年にNY City CenterのEncore! シリーズとして四夜限定で上演されたコンサート版を、同年ブロードウェイにトランスファーしたもので、1997年のトニー賞ではリバイバルミュージカル作品賞を含む5部門を受賞している。
このミュージカルは2002年にはレネー・ゼルウィガー、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、リチャード・ギアら主演で映画化され、翌年のアカデミー賞で6部門受賞しているので、日本でもおなじみのはず。
このリバイバル版が、2006年の今年、とうとう10周年を迎えるという。
わたしはこのリバイバル版を既に3回観ているのだが、何度観ても感心する。
歌良し! ダンス良し! ストーリー良し!
三拍子揃っている上に、衣装良し! 舞台の作り方も良し!
だが、映画版の『シカゴ』を観た人が初めてこの舞台版を観ると少し驚くかもしれない。それというのも、映画版のキラキラした豪華さが舞台版にはないからだ。
映画ではカメラは動くし、セットも変わるし、衣装も華やかに変わる。バックグラウンドの役者たちもたくさん動員される。
だが、舞台版はそれに比べて驚くほどシンプルなのだ。
まあもともとコンサート版だったと考えるとそれも納得。舞台はほぼ黒一色で、大掛かりなセットはなく、中央に金色の縁取りが施されたオーケストラボックスがあるだけ。その周囲でまるで下着のようにぴっちりした黒い衣装を身に纏った役者たちが演技し、歌い、踊る。
観客に、ジャズ・エイジのシカゴを見せようと、時代に沿ったセットと衣装をたっぷり用意した映画版とは異なり、舞台上に街や時代を再現しようとすらしていない。そこにあるのは役者と音楽と照明だけ。
だが、このシンプルさが『シカゴ』を強烈な舞台にしている。
舞台上に余計なものがないので、観客の目は自然と役者とその身体の動きに集中する。そしてこの『シカゴ』では、役者とその身体の動きがとても重要。
なんせ、ダンサーたちの姿勢、腕の動き、指先、脚、そして帽子と椅子、そうしたものの一つ一つが、セリフや歌と同じくらい雄弁に物語を作っているのだ。まさに、1975年のオリジナル版で演出と振付を担当したボブ・フォッシーのスタイルを、このリバイバル版はしっかり受け継いでいる、というわけ。
それもそのはず、このリバイバル版で振付を担当したのはアン・ラインキング。フォッシーの愛弟子で、一時期は恋人でもあった、ダンサーで、役者で、振付家である。
フォッシー特有の、肩を落として後ろにもたれ、腹を前に突き出し、膝を曲げ、手首をクネクネと動かす独特の動き。私が真似をすると、フォッシーというよりもモンティパイソンで、ただの姿勢の悪い変な動きの人になってしまうのだが、訓練されたダンサーが踊ると、どこか奇妙なのにセクシーで、眼が離せない振り付けとして目に焼きつく。
それが、殺人、腐敗した刑事司法システム、マスコミ、名声、お金、ショービジネスといった『シカゴ』が描く世界を絶妙に表現するのだ。
また、下着のような黒い衣装とミニマムなセットが、歌、踊り、物語を見事に際立たせ、作品の完成度をグンと上げる。キラキラ度満開の映画版『シカゴ』とは、少々アプローチが違う。
しかし、どんなに完成度の高い作品でも、さすがに10年もロングランしていると、時には息切れもしてくる。そこで『シカゴ』が利用してきたのがセレブリティ・キャスト。
そう、動悸、息切れ、めまいに「救心」。ブロードウェイにはセレブ様!
『シカゴ』は折々に投入されるセレブリティのパワーを燃料に、10年のロングラン街道を突っ走って来た。これまでにも、メラニー・グリフィスにブルック・シールズ、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』(Ghost)のパトリック・スウェイジや、懐かしのヒューイ・ルイス、ドイツの歌姫ウテ・レンパーにリタ・ウィルソンなどなど、映画やテレビや音楽界のスター達が(短)期間限定で出演してきた。
そして2006年の夏はアッシャーの出番。
舞台上のアッシャーは、とびっきりの笑顔で棒読みの台詞をカバーしつつ、彼にはちとキーが低い歌をがんばって歌いつつ、キレの良いダンスを披露しつつ、映画でリチャード・ギアが演じた弁護士ビリー・フリン役を演じてくれた。(だが、当然ながら、アッシャーご自慢の腹筋はチラリとも出てこなかった。)

(© Paul Kolnik)
いやしかし、今や『シカゴ』に出ずんば、セレブにあらず。こうなったらありとあらゆるセレブに出演してもらいたくなってくる。まず手始めに、ブリトニー・スピアーズにロキシー役などどうだろう?
と、セレブ達のキャスティングを勝手に楽しく夢想していたら、ビッグニュースが飛び込んできた。なんと、リバイバル版のオープン10周年を記念したスペシャル公演が2006年11月14日に行われ、その日、アン・ラインキングやビビ・ニューワース、ジェイムズ・ノートン、ジョエル・グレイ、チタ・リヴェラなど、初演時のオリジナルキャストにリバイバル時のオリジナルキャスト、さらに過去に出演したセレブ様御一行が集まった、一夜限りのガラ公演があるらしい。なんと豪華な!
とはいうものの、この公演は特別慈善公演だけあって、一番安い席でも$500もするので庶民にはなかなか手が出ない。だが、がっかりするべからず! そんな庶民には別のお楽しみが用意されている!
なんと、2006年12月31日から2007年3月25日まで、ヴェルマ役(映画でキャサリン・ゼタ=ジョーンズが演じた役)でトニー賞を受賞したビビ・ニューワースが、ヴェルマのライバル、ロキシー役で舞台に帰ってくるという。ブロードウェイ史上、このリバイバル版『シカゴ』でヴェルマ役とロキシー役の両方を演じる役者は今回のニューワースが初めて。アッシャーの出演よりもそそられ、また観たくなるではないか!
いやはや、どうやら、セレブという燃料投入でロングランを続けている『シカゴ』の罠にまんまとはまってしまったようだ。
Chicago
Ambassador Theatre(2003年1月29日〜)
219 West 49th Street, New York, NY 10019
* Richard Rodgers Theatre(1996年10月23日〜1997年2月9日)
* Shubert Theatre(1997年2月11日〜2003年1月26日)
オフィシャル Webサイト
プレビュー:1996年10月23日
オープン:1996年11月14日
上演時間:2時間30分(インターミッション含む)
Production Credit: Book by Fred Ebb and Bob Fosse; Music by John Kander; Lyrics by Fred Ebb; Based on the play by Maurine Dallas Watkins; Directed by Walter Bobbie; Choreographed in the style of Bob Fosse by Ann Reinking; Original choreography for “Hot Honey Rag” by Bob Fosse; Scenic Design by John Lee Beatty; Costumes by William Ivey Long; Lighting Design by Ken Billington; Sound Design by Scott Lehrer; Hair Design by Roland Beauchamp
Opening Cast: Ann Reinking (Roxie Hart), Bebe Neuwirth (Velma Kelly), James Naughton (Billy Flynn), Joel Grey (Amos Hart), Marcia Lewis (Matron)

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